第8話 手合わせ

 レファは心の中でため息をついた。そして木の棒のつかに当たる部分を握り直す。相対あいたいするのはやたらに好戦的な笑みを浮かべたコズ。その手には槍に見立てた長い木の棒を持っている。

 お互いに簡易的な防具を身にまとい、村の広場で構え合う。周りには老若男女問わず村中の人が集まって、この国には珍しい娯楽を楽しんでいた。

 

 事の発端は暫く前の時刻にさかのぼる。森で子供たちを救ってから数日、レファはこの国で次なる旅路の食料調達など準備を整えていた。その間、すっかりレファに懐いてしまった子供たちと川での洗濯がてら遊ぶこともしばしば、村の大人たちと雑談も交わすこともしばしば、次第にレファはこの場所に馴染んできていた。

 それでも、進まなければならない。レファは王からの命である「最果てにある国」へ向かわなければならない。期限は明言されてはいなかったが、それは決してゆっくりとしていてはいい旅ではないはずだとレファは考えていた。

 そうして、この国を発つ準備をしている折、それを察したコズが「わたしも行く!」と言ってきたのだ。



「そうはいっても、僕の旅だし。コズにはこの国があるだろ」

「でも、村長はレファを助けるように言われたんだよね? それなら、わたしがついていってレファを助けるのも、そのうちに入らない?」



 コズのもっともらしい言いくるめに、村長は苦笑した。レファは、否定はしないのか……と思いつつもやはりコズを連れて行く事には気が引けた。各国、外へ人が出てはならないのには必ず理由があるはずだとレファは考えている。それは、コズ一人の勢いから出た意見でくつがえすべきではないとレファは考えていた。

 そうしてどう断ればコズが納得するものかと、言葉を渋っているとごうを煮やしたコズがあらぬ方向に話を進めたのだ。



「だいじょーぶ。わたしだって、戦いの心得くらいあるんだよ」







 そうして、村の広場に至る。曰く、コズは昔から村の自警団の稽古に参加して独自の槍術を身に着けているそうだが、レファは未だ半信半疑であった。



「それじゃあ、よろしくね」

「あ……うん」



 それが開戦の合図となったと気付くのにレファは一瞬遅れてしまった。コズは槍を引いて片足を上げると、次の瞬間にはレファの直前まで突進を仕掛けてきていた。長い木の棒が、すんでのところで横に避けたレファのわき腹をかすめていく。



「油断はきんもつだよ」

「……わかった」



 レファは大きく息を吸って自戒じかいをした。相手を侮る事はあってはならないことだと思っていたのにも関わらず、気を抜いてしまった。これは友人同士の手合わせではあるが、それは遊びという意味ではないことをレファはここで自覚をした。

 コズは、今度は踏み込まずに槍を幾度も突き出す。牽制のようにも見て取れるその無数の刺突しとつは、それでもフェイクの中にレファを狙った一撃が織り込まれていた。

 フェイクの一撃を木の剣で弾き、一度レファは距離を取る。コズはレファの予想以上に対人戦闘に慣れていた。剣と槍との有効射程の違い、レファの気の緩み、息遣い。それらを的確に突いてこようとする。

 レファは一度調子を取り戻そうと間合いを取ったつもりだったが、そうはコズが許さない。開幕と同様、コズは大きく踏み込んで今度はレファの胴を大きくごうとする。大ぶりのその攻撃をレファが受け止めるのは容易だったが、防戦一方では心の余裕に差が出てしまう。レファは槍を弾いたその直後に足を踏み込んで大地を蹴ったが、それと同じくしてコズは大きく後ろに飛び退った。



「ふふ」



 コズが楽しそうに笑う。コズはある程度の予測、そして自らのセオリーの中で戦いを行ってレファを翻弄ほんろうしていた。そして、それらが上手く行っている事からくる笑み。だが、その余裕はかえってレファに付け入るスキを与えた。



「おおぉぉっ!」



 レファはできる限りの雄たけびを上げ、コズの足元を目掛けて木の剣を投げつけた。突如として上げられた雄たけびにコズは思考を奪われ、その場で慌ただしいステップを踏むように木の剣を避ける。

 その刹那をレファは誘っていた。最小限の動作で踏み込み、木の槍を先端側から奪い取る。注意の削がれていたコズの手には大した力はこもっておらず、レファは至極容易にその武器を奪い取った。



「うっわわわわっ」



 コズの慌てる声が聞こえる。レファはここぞとばかりに奪った武器で畳みかけようとするが、槍を扱ったことがないばかりに踏み込み過ぎたことがあだとなった。



「なっ」

「ごめーんね」



 低く体勢を落としたコズは足払いをレファに仕掛け、レファはいとも簡単にそれに引っかかってしまう。支えを失って大きく体のバランスが崩れる。

 コズは足元に落ちていた木の剣を拾い上げると、そのままの勢いでレファの隙だらけの胴の左を目掛けて振りぬいた。

 レファは倒れこむ直前、なんとか右足で堪えて瞬時に槍を短く持ち直し、コズの胴の左を目掛けて振りぬいた。



「うっ」

「ったぁ」



 はたして、両者の獲物はそれぞれの左のわき腹を捉えていた。



「えーっと、引き分け、でいい?」

「うー、くやしいぃ!」



 息を切らして聞いたレファの言葉に、コズはその場で仰向けに転がって悔しさをあらわに大声を上げた。

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