第7話 不格好でも人助け
レファは意識を集中する。背後では駆け足がして、子供たちがコズの元へ走っていくのががわかった。
剣の柄を握る両手に力を込め、狼の出方に集中する。狩りを邪魔された狼は気が立っているのか、唸り声をあげながら鋭い眼光でレファの顔を見上げていた。しかし、レファという突然の
レファはこれを好機と見た。左手を剣の柄から離して目の前に突き出す。そして素早く詠唱をする。それは、レファの国では初等教育で誰もが習う、生活には必須の炎を起こす魔法。
レファの詠唱がその精神力を魔力へと変換し、左手から握りこぶし大の火の玉が飛び出す。それは決して上級の魔法ではなく、強いて言ってしまえば子供だましに近い魔法だったが、火に親しみのない動物相手には十分な脅しの種となった。
狼は今までの引く唸り声とは打って変わって、甲高い素っ頓狂な声を上げて高く、大きく
「許してくれ」
レファは素早く狼の下に潜り込むと、剣を上に向かって突き立てた。狼が落下してくるであろう位置に剣を置き、その自重とレファが突き立てる剣の力によって串刺しにしてしまうことを
しかし、狼も伊達に野生の森で生きてきているわけではなかった。飛び上がった空中で襲い来るレファの剣に対して、その剣を後脚で大きく蹴って串刺しとなる未来を回避した。
「うっ、そ……!」
レファは背筋が凍るのを感じた。これで致命の一撃を与えられると信じて疑わなかった自分、戦闘経験のなさからくる甘い算段による決着の決めつけ。それらが招いた失敗から体勢を戻すのに時間がかかってしまったことに、手痛い反撃が来るであろうことを頭で
が、レファの予想とは裏腹に狼は大きく遠くへ飛び退ると、蜘蛛の子を散らすように一目散に森の中へ逃げて行った。レファのなんとか踏ん張っていた足から力が抜け、へなへなとその場に尻もちをついてしまう。
「はぁ……ふぅ……」
レファは尻もちをついたまま、肩で大きく息をする。終わってみて、全身から汗が噴き出している事に気付く。
狼が去っていった方向を見やって、まだ実感がわかない勝利をそれでも現実のものとして感じながらレファはゆっくりと立ち上がった。
「レファ!」
「コズ」
「ありがとう、子供たちは皆無事だったよ」
コズの言葉に、レファは子供たちを見やる。皆、怯えてコズの後ろで小さく縮こまっていた。
「えと、それは、よかった……」
レファは息を整えながら返事をする。レファは旅に出る支度の為、
運が良かっただけだ。レファはそう考えた。もし、あそこで狼がまだ戦闘を継続する意志があったなら、命は取られないまでも恐ろしい一撃を喰らっていたことは想像に難くない。レファは震える右手を握り締めた。
「にーちゃん、ありがとな!」
「ありがとぉ!」
と、不意に子供たちが声を上げ始めた。気付くと、レファの周りを取り囲んで、やいのやいのと騒いでいる。
「えーっと?」
「この子達、レファがかっこいいって」
「かっこいい? 尻もちをついた僕が?」
コズの言葉に、レファは
「尻もち自体は確かにかっこ悪かったね。正直、わたしもだめだー! って思っちゃった」
コズは笑い話のようにあっけらかんとして言う。
「でもね、もしそれが不格好だったとしても、レファがこの子たちを助けてくれたのは本当。その勇気に、この子たちは皆お礼を言ってるんだよ」
「そうそう!」
「コズの言う通りだよ!」
子供たちは口々にレファに対する称賛をする。レファの身体の緊張が解け、気付くと手の震えが収まっている事をレファは感じた。
レファは改めて自らの手に目をやった。子供たちの命を助けることができた。改めて考えると、それはレファにとって大事な事実のように思えた。
「おーい、こっちかー!」
「あ、ほら。皆が迎えに来てくれたよ!」
まだ姿の見えない、木の向こうから声がする。
「やっべ、怒られる!」
「当たり前でしょ! 帰ったらお説教だよ」
「うへぇぇぇ……」
「だからやめようって言ったのにぃ」
緊張が解けて子供たちは更に騒ぎ始める。その様子をみてコズは呆れたように首を横に振ってから、レファの方を見た。
「さっき、不格好って言っちゃったけど。かっこよかったよ、レファ。この子たちを助けてくれてありがとうね」
「いや、うん。その……皆無事でよかったよ」
そのコズの笑顔を見て、レファも少し恥ずかしそうに笑った。
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