第6話 初陣
太陽はその頂点を通り過ぎ、空の青の色素が少しずつ薄くなっていく。あまり時間をかけてしまうと、すぐに陽の光は消えてなくなってしまうことが容易に想像できた。
レファはコズと村の大人たちに森まで案内してもらう。
「森なんてもんはどこからでも入れるが、恐らくこの辺りから入ったんだろう。足元の草を踏んだ新しい跡がある」
「なら、それを追っていけば……」
「いや、森の中でそれを追っていくのは困難だ。どうしても速度が落ちるし、そうなると無茶苦茶に動き回る子供なんて追いつけやしない」
「でしたら、いくつかの組に分かれて手分けをして探すのがよさそうですね」
「その通りだ」
「レファには私がついていくよ。何かあったら笛を吹くから」
コズは村の大人に対して頷き、衣服のポケットから木製の小さな笛を取り出した。
「それじゃあ話してる時間も惜しい。行こう」
その言葉にそれぞれ頷く。村の大人たちはそれぞれ二、三人の組を作って森の方々へ分け入っていく。レファとコズはそれをある程度見届け、まだ誰も向かっていない方角へ向かって森の中へと入っていく。
実の所、レファは森という物に入る経験が初めてだった。初等学校時代、課外授業という事で先生に引率されて小さな林に立ち入ったことはあるが、それっきりだ。レファが初めて立ち入る森というものは木があちらこちらで立ち並び、つい数分前に歩み入ったばかりなのにもう辺りを全て木に包囲されていた。
レファは空を見上げる。幸いにも、木々の間から青い空はちらちらと見える。が、それも夕刻を過ぎ、次第に夜に染まっていけば話は別だろう。その時、森はより一層深くなり、子供たちはおろか自分たちさえ抜け出すのは困難になるのではないかとレファは慄いた。
二人は黙って進む。子供たちの名前呼びながら進んでは、大人の目を盗んでやってきた子供たちをより遠くに逃がしかねないというレファの判断の元だった。
入念に辺りを見回しながら歩を進める。時折、コズが来た道を記すために紐を使って目印を木に
どんどんと森へ分け入っていく。レファには、既に自分がより深く森へ入っているのか、それとも実は引き返して行っているのかがわからなくなっていた。
途中、川を渡る事があった。川があるという事は水分が補給できる。つまり、より野生動物にでくわす可能性があがるということをコズはレファに告げた。レファは無意識に拳を握り締め、皮の手袋がギリリと音を立てた。
木々の合間から見える空が少しずつ赤みがかっていく。あまり時間はない。それどころか、このままでは自分たちの事も考えなくてはならない、とレファは少しずつ焦り始めていた。
レファがそう思ったのも束の間の事だった。コズが声を潜めて言う。
「レファ、いたよ」
「……本当だ」
コズが指さす方、四人の子供達がとぼとぼと力なさそうに歩いているのが見えた。
「あの様子だと、もうずいぶん
「そうね、呼んでも逃げなさそう」
二人は肩の力を抜いて、たまった息を吐いた。
「おーい、迎えに来たよー」
そしてコズが持ち前の大声で子供たちを呼ぶ。遠目には子供たちの表情はわからなかったが、コズを見つけて逃げるのではなく駆け寄ってくることから、大方冒険には懲りたのだろう。レファは安堵に胸を撫で下ろした。
が、大手を振って子供たちを呼ぶコズは、急にその表情を変えて叫んだ。
「急いで!」
その声にレファは再度意識を研ぎ澄ました。自分たちと子供たちを結ぶ延長線上に、黒点が見える。狼だ。
「僕が行く」
レファは短くそう言うと、地面を蹴って走り出した。コズは子供たちがパニックにならないように、後ろに注意が行かないように「急いで!」とだけ言ったのだろうとレファは解釈する。その意図を組んでレファはギリギリまで剣の柄を握らないでいた。
背後でコズが笛を吹く音が聞こえる。断続的に鳴る音は、レファには意味が理解できなかったが恐らくは助けを呼んだのだろうと想像をした。
レファは駆ける。狼は、子供たちを見つけてすぐだったのだろうか、大分と距離があったらしいことが幸いした。
レファが叫ぶ。
「君たち、伏せてっ!」
レファは大きく子供たちを飛び越え、一直線に走りくる狼に対して飛び込んだ。居合の一閃、気配を察知した狼は後ろに飛び退ってレファの大きなその一振りを避けた。
「ふぅ、ふぅ……」
レファは大きく息をして酸素を取り込んだ。子供たちと狼の間に割り込んだことで、第一の目標は達成した。次の目標は狼を退けることだ。または、耐えていれば笛の音を聞きつけた大人たちが応援にかけつけてくれるであろう。
レファは野生の狼を見るのは初めてだった。近親種として、家畜を統率するための牧畜犬を見ることはあったが、それとは違う野生の
レファは剣を構え直した。
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