第5話 束の間

 昼を過ぎた頃、村長の家の扉をけたたましく叩く少女の姿があった。その音に、居間で村長夫妻と談笑をしていたレファは何事かと身構えたが、対照的に夫妻は苦笑して席をゆっくりと立ちあがった。



「レファー、来たよー!」



 大きな声が扉の向こうから聞こえる。この村でこれほど騒々しい人物は唯の一人しか存在しえなかった。コズだ。



「コズ、いらっしゃい」

「おじゃましまーす」



 村長が扉を開けると、コズは待ちきれないといった風に村長の懐を、猫のように柔軟に通り抜けて屋内に入った。レファは段々とこの少女が、制御できる人間ではないことに勘付いてきていた。そしてその事に勘付くと、これから始まるであろう質問攻めに少し気が滅入ってしまった。村長はコズになら話していいと言ったが、それはコズの性格をかんがみての半ば諦めの意味もあったのかもしれない。ともあれ、すべての質問に答えるわけにはいかない方が良いだろうとレファは考えた。少なくとも、旅の目的は王の勅命なのだから、まつりごとに関わりそうな事は隠すべきだとレファは心に誓う。それを踏まえて、この勢いのコズを相手に話すべき事柄を取捨選択して会話するのは良い頭の体操になってしまいそうだとレファはため息を隠しきる事が出来なかった。



「それでそれで、何から聞こうかなぁ」

「そんなに珍しい事、話せないと思うけど」

「外の国ってだけでじゅーっぶん珍しいから!」



 間借りしている屋根裏部屋にコズを連れて引っ込んだや否や、コズは輝く目をしてレファに詰め寄った。やはりこうなったか、とレファはため息を隠さずに吐いた。



「レファの国は、どんな国なの?」

「どんな国って言われてもなぁ……少なくともここの数十倍は大きい国だよ。もっと家と家の間は詰まってるし、大きな建物もいくつもあるし」

「す、数十倍……迷子になりそうね」

「まぁ、実際生活で使うのは自分の家の周りとか、決まった場所だけになってくるから」

「そっかそっか、そのあたりはわたしたちと変わりないのね。じゃあ食べ物とかは変わったりするのかな? わたしたちは畑でとれたものとか、豚とか牛の――家畜のお肉とか食べてたりするけど」

「その辺りも概ね変わらないんじゃないかな。もしかしたら調理方法とかが違ったりするかもしれないけど。少なくとも、今朝村長の奥さんが作ってくれた朝食は、僕の知ってる朝食と大差なかったよ」

「へぇ……そう聞くと、なんか不思議だなぁ。全然知らない国なのに、結構生活は似てるのかも」

「ああ、でもこっちには学校とか、時計塔とか大きい建物はないよね」

「がっこう? とけいとう? 何それ」

「学校は勉強をするところ、時計塔は町全体に時間を知らせるための建物かな。そこを見れば今は一日の内のどのあたりの時間帯かって人目でわかるんだ」

「おべんきょーね。それならあるよ。おっきな建物じゃないかもしれないけど、子供たちが集まって文字とかを覚える場所。でもトケイトウってのは凄いね。でも確かに、それだけ全体が大きかったら、うちの国にあるような広場の鐘じゃあ時間は知らせられないもの」



 コズは目を輝かせながらレファに話の続きをうながす。レファは、自分がここに来た理由などの話に触れないよう、できるだけ焦点を国全体に当てて話をしていく。コズの興味が国全体からレファ個人へシフトしていかないように、言葉選びに注意をする。



「僕の国にも街中に川は流れていたよ。ここよりもっと幅広くて、深い物だったけど、ここ以上に人も沢山いるからね」

「なんだか聞けば聞くほど、うちの国がそのまま大きくなっただけって感じね」

「まぁ人の生活なんて大元はあまり変わらないってことじゃないかな。でも、ここにはない建物や施設はやっぱり沢山あったから」

「うーん、でもどれもこれも規模が大きくなっただけって感じ。あ、でもトショカンってのには興味あるかな。この国には本なんて物は少しばかりしかないから」

「少しはあるんだね」

「うん。少しだけね。でも殆どこの国の人が、後世に伝えるためーって書いた今の事ばっかり。つまんない」

「物語とかはないの? 空想上のお話……おとぎ話とかさ」

「あ、それならあるよ。一冊だけ。黒き海についてのお話が」



 コズはつまらなさそうに言葉を放った。レファは、確かにお話が一種類しかないとなると退屈しそうかもしれないなと思いながら相槌を打つ。



「それは、宝石が削り取られて、っていうおとぎ話?」

「あ、それはそっちの国にもあるんだね。じゃあ昔は、国同士行ったり来たりするのも自由だったのかなぁ」



 コズは見知らぬ過去についてため息をつく。それから暫く、今までとは打って変わって黙り込んでしまった。

 コズは、レファから聞いた他の国の話を頭の中で整理していた。どうも、レファの話を聞いていても、やはり真新しい物は少ないように感じられる。大きな違いや、新鮮さを求めていたコズにとっては肩透かしをくらったような話だったが、結局のところレファの言う通り人の営みはどこでも存外似たような物になるのかもしれない。コズは一旦、レファの住む国についてそう結論付けることにした。



「よし」



 そして頭の中で情報を整理し終わったことを自己確認すると、コズはレファに輝く瞳をして向き直る。その瞬間からレファは、これから先の質問をどう切り抜けるべきかを素早く頭を回転させて考え始めた。がしかし、そのレファの見えない奮闘は杞憂きゆうに終わった。


「――村長!」



 唐突に、二階にいるレファとコズにまで聞こえる程の慌てた大声が村長の家に響いた。



「降りよう」

「そうだね」



 レファとコズは顔を見合わせて部屋を飛び出す。一階の玄関口では、村の大人が息を切らせて顔に焦りの表情をあらわにしていた。



「子供が、子供たちが……目を離した隙に、すみません、森に、勝手に入ってしまったようで」

「森に、子供だけで行ったの!?」

「コズ――そ、そうだ。子供たちは冒険に行くんだってはしゃいでて、俺たちは止めてたんだけど、目を離した隙にいなくなってしまってて」

「目を離しすぎだ!」

「……すみませんっ!」



 いきどおる村長に、息を切らせた村の大人は勢いよく頭を下げて謝った。しかして、それで事態が収束するわけではない。



「ねぇ、コズ。森って?」

「ええ。この国から少し外れたところにある森で、普段は大人たちが狩りに出たり野草を取りに出かける場所なんだけど、野生の動物が出るから子供達には行かないように言い聞かせてあるの」

「要するに、連れ戻さないとまずいってことだね」

「その通り」



 レファはそれだけをコズから聞くとくるりときびすを返し、二階の部屋へと戻った。

 滞在中は外していた旅の装備を身にまとい、腰のベルトに剣の鞘を提げる。一度、誰もいない部屋の中で深呼吸をし、心を整える。そして、焦らずに再び階下へと歩み戻る。



「もう捜索は始まってるんですよね?」

「あ、ああ。ただ、大人たちも装備がないと危ないってんで、出発はまだかもしれん」

「わかりました、僕も行きます」



 レファはそう言葉に発し、村長に対して強く頷いて見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る