第9話 結局

「大事なことを聞き忘れてた!」



 と、いつも通りに騒々そうぞうしくコズは村長の家にやってきた。村長夫妻への挨拶もそこそこにレファがいる二階へ飛び込む。装備の手入れを行っていたレファはうっかり剣を取り落としそうになりながらも騒々しい客人を迎え入れた。



「森! 森でね、レファが火を手から出したでしょ。あれってどうやったの」

「ま、魔法って知らない?」



 ずいと顔を寄せて詰め寄るコズにレファはたじろぎながら聞き返した。



「まほう? なにそれ。わたしにもできる?」

「どうだろう。知らないなら、できないのかもしれない。もしかしたら僕の国の人だけとか――」

「とりあえずやってみましょ!」



 レファは考える。



「あの時の子供たちは?」

「あの子たちは、あの時怖がってちゃんと見てなかったみたいなの。レファが狼を追い払ったところくらいしか見てないらしいよ」

「なら、村を出てからにしよう。変に騒ぎになっちゃうかもしれないし」

「おお、わたしだけの秘密の力! それってなんだか、いいね!」



 レファの提案に対し、コズは輝く表情で頷いた。レファはその横で、少し迂闊うかつだったかとかぶりを振った。自国で当たり前に使える技術が、他国では使えないかもしれない。他国という物を目の当たりにしたことがなかった今までは、その想像力が欠如していた事をレファは身に染みて実感する。もう少し、慎重にならなければならないのかもしれない、と自戒する。



「それよりも――」

「うん、わかってる。明日の明朝だからね」



 レファが言いかけた言葉をさえぎって、コズはウィンクをしながら言った。そう、結局のところ、コズはレファの旅に同行することとなったのだ。

 村長が、コズの同行を許したことに対してレファは最初こそ驚いたが、後々話を聞いていくと実は殆どが両国間では既に取り決められていた事であった。

 レファはベッド大の字に寝ころんだ。



「それで、最初からコズにだけ教えてよかったんだな」



 物事は、自分の知らない所で取り決められて、知らない所で回っている。自分が旅人として中心に存在しているはずなのに、そのはるか上の方で王と王は何かを約定をしている。

 レファは開いた手をじっと見つめた。もしかすると、この手には何かとても大きな物がかかっているのかもしれない、と思った。

 各国が助力してくれる、ということは他の国に対しても良い事があるということである。それを想像できないレファではなかった。



「でも、何故コズなんだろうか」



 コズは、強い。対人戦闘であれば十分なくらいなことは、手合わせを通してレファは分かっていた。だが、コズはレファの旅の事情やこちらの国の事を何一つ知らなかった。それは、つまりコズの国がレファに対して助力する理由も知らないという事になるのだろう。事実、コズは自らが望んで旅に出るような形におさまったと感じているようだった。

 レファは右手で顔を覆った。まだ、わからないことが余りにも多すぎた。好奇心が幸いして、自分が大役につけたと思っていたが、それ以上の理由が実はくすぶぶっているのだろうか。レファは考える。旅に対する明るい期待は、少しの暗い影が見え始めていた。

 

 そしてレファは大きくあたまを振った。自分のやるべきことは一つ。最果てにある国へ至る事だ。そうすればおのずと旅の目的が見えてくると、レファは思い直した。

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日、人々が起き出すよりも、太陽が昇るよりも早くレファとコズは村の広場に集合していた。お互いの顔を見るのもまだ困難な暗闇の中なんとか携帯用のランタンを使って互いを確認し合う。

 旅立ちは隠密だった。コズがいなくなった後の事は任せろ、と村長は頼もしく言った。コズは自らの旅立ちが華々しく派手ではない事に少し不満を持ったが、元々が国の外に出てはいけないという決まりがあるため、子供たちの事を思っても渋々明朝の出発に承諾しょうだくしたのであった。

 太陽が昇り始め、空が明るくなってくるころ、もう殆ど建物は見えなくなっていた。コズは少しの郷愁きょうしゅうを感じて後ろを振り返るが、足は止めなかった。自らが望んだ道を、この先の世界を見ることをコズは望んだ。

 



 それから、数日の間二人は歩いた。二人は村長からこの道の先に国の果てがあり、そこには門がある事を聞いていた。つまりは、その門を見つけるまではまだこの国の中にいるということになる。

 コズは予想以上の長い道のりに少し嫌気が差していた。国の外に出るだけでここまで大変なら、決まり事などなくても出ようと思う人物はいないのではないかと思うほどだった。それでも、遠くに見えていた山がいつの間にか後ろになっていたこと、訪れたことのない湖が存在していたことに気付いた時には子供のようにはしゃいで、機嫌を取り直していた。

 そうして進んでいくうちに、ついに二人は門に辿り着く。

 それは草原の上に続く一本の道にはあまりに不釣り合いな、重い灰色の扉だった。



「村長……さん?」



 そして、その扉の前には二人の見知った人物が立っていた。



「さぁ、扉は開けておいたよ。試練を始めようじゃないか」

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