第2話 一本の道の始まり

 レファは旅立ちを前にして王に謁見えっけんをしていた。しん、と静まり返る謁見の間。レファと王以外には兵士の一人も存在していなかった。それは、王からレファに対する信頼と期待の表れと同時に、これから王が話すことが秘匿ひとくされる事項である事がゆえの状態だった。



「レファよ。先立ってまずは、旅をすることを受け入れてくれたことに礼を言おう」

「いえ、僕としてもこの上ない願いでした。 ありがとうございます」



 レファは王の前に頭を下げる。王はそれを玉座に座ったまま、身振りで制した。

 

 

「今でも奇跡のように思います。初等学校の時、先生が僕の外の世界への興味を王に報告してくださって、それから鍛錬を重ねてこの旅に出ることを許可された事を」

「奇跡、ではない。あるいは、最初から決まっていたのかもしれん。ともあれ、いずれ外を旅する者を探さねばならないのは本懐であった。故に、各教育の長には外へと強い興味を持つ者がいる場合は報告するようにと触れておいた」



 王はゆっくりと頷きながら言葉を語った。レファはその言葉を真っ直ぐに、真摯しんしに受け止める。



「光栄です、王」

「レファよ、これを」



 礼を言うレファに対し、王は傍らにあったはこを持ち出し、その中身をレファに差し出した。レファは慎重な動作でそれを受け取る。レファの手に渡ったそれは、蒼い色をした小さな宝石をはめ込んだペンダントだった。宝石は光を反射してキラキラと輝き、覗き込むレファの心を不思議に引き付けた。それは郷愁きょうしゅうともとれる不思議な思いだった。



「魔法がかかっている。お守りのようなものだ」

「ありがたく頂戴します」



 レファは最大限慎重に、手が滑って取り落としてしまわないようにそのネックレスを自らの首周りにつけた。わずかな重みがかかるのを感じる。これは、これから世界を旅をして、国と国とを結びつけるはずである自分の責任を象徴する物なのだ、とレファは考えた。そう思うと、幾分かネックレスの重みが増した気がした。



「この後、すぐに旅立ってもらうことにはなるが、その前に話がある」

「はい」



 レファはネックレスを触るのを止め、王に向き直る。



「この世界は一本の道で繋がっている。これは比喩ではない、国を出る一本道はそのまま、曲がりくねることなくやがて一つの国と繋がっている。そしてその国の先にまた同じように一本の真っ直ぐな道がある。その先には同じように、また国が存在する。レファよ、お前にはその一本の道を通って最果てにある国まで向かってもらいたい」



 レファは黙ったまま頷き、そして驚いた。国の外に一本の道が伸びているのは常識として人々の間に定着していたが、人々はその先を知らないために全ては想像上の討論になっていた。

 人々はこの国から出る事は許されず、世界の形を知らなかった。しかし、王はそれを知っていて、それをレファに告げてきたのだ。 ――世界が、一本の道の形をしているという事をレファはここで初めて知ることになった。

 レファは外の世界に対する期待と不安からくる動悸どうきを押さえるべく、一度深呼吸をしてから口を開いた。

 

 

「王――それでは、僕はその最果ての国で何をすればよいのでしょうか」

「それは、自ずとわかる。各国の長にはレファを助けるように頼んである。それを頼りに進んでほしい」

「わかりました」



 王の言葉は的を射なかったが、それでもレファは頷いた。何十万といる国民の中からただ一人、国の外に出るという命を受けたのだ。その勅命ちょくめいが軽いはずはない。今は王の言葉を信じて頷くほかないだろうと、レファは心の中で再度頷いた。







 長いようで短かった謁見の時間が終わった。重々しい城の門をくぐり抜けて、レファは大きく伸びをした。両脇を鎧に身を包んだ衛兵が挟み込む。が、剣呑けんのんな雰囲気ではなく、どちらかというと和気あいあいとした空気を三人は醸し出していた。



「いいよなぁ、レファ君は。俺達みたいに城の中で一生を終えなくてよ」

「いやいや、僕からしたら衛兵さんたちの方が凄いですよ。僕はまだ子供ですから、仕事の大変さとかもわからないですし」

「それを言っちゃあ、俺達も外の世界の大変さなんてわからないから、羨ましいなんて言えないんだけどな」



 三人は、国と外を隔たる門に至る為の馬車の停留所まで、談笑をしながら歩く。レファの門出は大きな使命を纏ってはいたが、実に簡素に、穏やかに執り行われた。道すがら、わざわざ地元から遠征して待ち構えていた初等学校時代からの友人たちにもみくちゃにされ、旅の土産話を所望された。停留所で待っていた両親に旅の無事を祈られた。レファは彼らの送辞を受けてくすぐったいように笑いながらも、より旅の決意を固くした。必ず、王の命を全うして最果ての国へと至る、と。

 


「いってくるよ」

「ああ、気を付けて」



 両親に見送られ、レファは馬車の荷台に乗る。鞭がしなり、馬が進みだす。手を振る両親が、少しずつ小さくなっていく。

 農耕地帯を数時間、ただひたすらに馬車に揺られて進む。そうして、太陽が最も高くなる時間から暫く経った頃、レファを乗せた馬車はその門に辿り着いた。

 レファは馬車を降りると、馬を引く人物にお礼を言って馬の頭を一度だけ撫でた。それに答えるように馬は一度だけ尻尾をぱたっと振ると、元来た道を戻っていく。



「レファです。王の命にて、国の外に出るようつかまつりました」

「ああ、健闘を祈ってるよ」



 守衛がレファの肩を叩く。レファは小さく頷いてから、辺りを見回した。

 端が肉眼では見えない程遠い所にある、高い高い石の壁がそびえたっている。その壁沿いに、点々と守衛の詰め所が見える。

 レファは、この壁の向こうに今から自分が歩を進めるのだと思うと、笑顔で身震いをした。そこに恐れや不安がなかったわけではなかったが、何よりもの好奇心がレファを奮い立たせた。

 やがて、大きな門が荘厳そうごんな音を立てて開き始める。そこから先は、時計塔の上からでしか見たことのない一本の道だ。

 

 レファは息をのんだ。

 

 眼前に広がる一本の道と草原。両脇は黒黒とした森に囲まれている。時計塔から見えていた景色は嘘じゃなかった。レファは守衛に礼をしてその大きな門をくぐった。そして、その後姿うしろすがたを見送るように門はゆっくりと、ゆっくりと閉まっていった。

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