一本道に連なる世界

あきふれっちゃー

1章

第1話 レファ・アヴォンス

 世界は黒い海に囲まれていた。

 黒い海にはマモノが大勢潜み、陸に施された結界が解けるのを今か今かと待ち続けているというのは、この世界に生きる人間において知らない人はいない程の常識。

 

 かつて遠い遠い昔に、マモノから海と世界を守っていた綺麗で大きな蒼い宝石が、その輝きに目が眩んだある矮小わいしょうな一人の人間によって削り取られた。それによる瘴気の蔓延まんえんとマモノの跋扈ばっこはおとぎ話によって伝えられた今の世界の形。

 

 世界は混沌をすぐ横に抱えながらも、まだその形を――人間の営みを保っていた。




***




 少年は一段、一段、とその感触を忘れないように踏みしめて時計塔の階段を上った。暗がりの螺旋階段を進んでいくと、やがてその終わりを告げる簡素な扉が見える。



「よう、おはよう。アヴォンス少年」

「おはよう、おっちゃん」



 レファ・アヴォンスは時計塔の最上階に位置する管理人の生家にて、その住人に朝の挨拶をした。おっちゃんと呼ばれた時計守はハゲた頭をゴシゴシと撫でると、赤色の髭を手で整えながらレファを家の中へと通した。といっても、ここはレファにとっては通り道に過ぎない。目的は入り口と対角にある扉の先、時計塔の外側だ。



「足元、きぃつけてな」

「勿論、ありがとう」



 レファは笑顔で返事をすると、躊躇ちゅうちょせずに時計塔の外側への扉を開けた。瞬間、高空を吹く強い風が、レファのこの国では珍しい綺麗な黒い髪の毛をなびかせた。

 レファの前に国の全貌が広がる。時計塔の下に広がる居住区、中心にある城、そこここに存在する運河、レファの家、行きつけの喫茶店、鍛冶屋の煙突から昇る煙、初等学校の校舎、様々な建物。

 さらにその奥に広がるの農耕地帯の作物の絨毯じゅうたんと、放し飼いされる家畜たち。そして青い空と、その下に広がる黒い、どこまでも黒い海。

 やがてレファの視線は一点に収束する。たった一本だけ伸びる、国の外の道。普段は固く門が閉ざされていて、誰もが出る事の許されない道。レファは石でできた欄干らんかんに手を置き、ゆっくりとそこを見つめた。

 

 レファは明日、王の命を以てあの門から外へと出て、外の世界で旅をする。

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