三、アナグマ母さんとおちびちゃん


 悲しい気分でショールに顔を埋めていたら、通りに突然、賑やかな歓声が響いた。

 眠りかけていた意識がはっと覚醒し、思わず顔を上げたら、ちびっこが向こうから全力疾走して来ている。


 この雪道は走るのに向いてないのに。

 そう思った矢先にやっぱり勢いよく転んじゃって、ちびっこはわんわん大泣き。声をかけるにも助け起こすにも、わたしからはちょっと遠い。

 焦る気持ちで見ていたら、そこへぽてりとした奥さんが走ってきた。


 灰茶の髪に隠れたちいさくて可愛い獣耳と、ふんわりとがった短いしっぽ。

 獣人族ナーウェア……アナグマさんかな、と思う。丸眼鏡が鼻の上に乗っかってて、走る拍子にぴょこぴょこ跳ねている。


 世界の終わりみたいに悲愴ひそうな声で、転んだまま泣き叫んでるちびちゃんの所へ、お母さんはあっという間に到着して助け起こした。スゴイ、わたしだったら絶対転んじゃう。

 雪まみれで立って、まだ泣き続けるちびちゃんの身体から雪を払い落としながら、お母さんは何か言い聞かせてる。雪の日は危ないから走り回っちゃダメよって教えてるのかな。そう思ったら、ほほえましくて頬がゆるんだ。


 やっと泣き止んだけど、ちびちゃんは真っ赤な顔。お母さんはちびちゃんの頭をポンポンなでて、今度はしっかり手をつないで、来た道を戻ってく。

 きっとあのてのひらは、勢いよく降りしきる雪なんて気にならないほどあったかいに違いない。そう思ったら自然に笑いがこみ上げて、ちょっとだけ涙が出た。




 パパとママがあんなふうにわたしと向き合ってくれたことはない。叱られたことも言い諭されたことも、憶えてる限り一度もない。

 こういう身体に産まれついたのが二人のせいじゃないってこと、わたしはちゃんとわかってるのに。

 そんな簡単な事実がどうしてか二人にはわからないらしく。叱って欲しくて、たくさんワガママ言って。……いつからだろう、それがあきらめに取って代わったのは。


 わたしの命の期限がどうにもならないように、二人の気持ちがわたしと向き合うことはない。悲しいけど仕方ないのだと思う。

 わたしがママになったら、そんなふうじゃなく。しっかり目を見て、愛して、叱ってあげるの。さっき見たアナグマお母さんみたいに。


 ……本当は、そんな夢なんか叶わないってわかってる。

 わたしの弱った心臓は、出産の負担に耐えられないって。わたしだけじゃなく赤ちゃんにも危険が及ぶだろうって。

 何度、主治医に尋ねても、返ってくるのは決まった答えだった。


 届かないと知ってても、あきらめきれなくて。

 どんなに望んだって、どうにもならないってことくらい……わかっているのに。



 

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