二、翼を失くした鳥のひと


 きし、きしと雪を踏む足音が聞こえてきて、なんとなく目を上げる。

 視界に飛びこんできた姿に、びっくりして息をのんだ。


 驚くほど大きな人がすぐ目の前に立って、わたしを見おろしてる。わたしが小柄だから大きく見えるんじゃなく、頭の位置が軒天より上にあるんだから本当に大きい。

 その人は、固まるわたしのすぐ前に身をかがめてしゃがみ込んだ。


「こんな所で何をしてるんだ?」


 低く抑えられた声と、壮年といっていい顔つきの、男のひと。

 紺青こんじょうの髪には雪のカケラが降り積もり、髪の間から突きだす羽耳にも積もってる。でも、正面から見る限り大きな翼が見えない。

 翼を失った翼族ザナリール、なんだろうか。


 歴史の本で読んだ、魔族ジェマの離反と他種族との争いを思いだす。歴史の中で翼族ザナリールは、とてもつらい運命をたどってきたのだと聞いた。

 もしかしたらこの人も、それに巻き込まれ翼を失ってしまったのかもしれない。


「寒くないのか? 動けないなら、医者に連れて行ってやるが」


 答えないわたしを心配してくれた。一瞬うなずこうとして、やめる。帰らなきゃって思いが頭を通り過ぎたけど、まだ帰りたくなくて。


「大丈夫。人を、待ってるの」

「……それならいいが」


 わたしの嘘を聞いた彼は困ったふうに眉を寄せ、それから自分の着ていたコートを脱いだ。それを、うずくまるわたしにそっと被せてくれて。


「早く来るといいな」


 小さく笑った表情が、なんだかすごく優しくて、だから。


「うん」


 わたしは泣きそうになって答える。


 彼は立ちあがり、軽く会釈を残して歩きだした。

 遠ざかる大きな背中にやっぱり翼はなかった。




 風の民である彼らでも、翼ナシで飛ぶことはできないのだという。

 翼族ザナリールの象徴ともいえる両翼を奪われて、あの人はどんな思いを抱えながら生きてきたんだろう。

 低い声と穏やかな瞳を思いだすと、心が震えた。


 わたしの心臓は欠陥品で、二十歳まで命を維持できないと小さい頃から言われてる。そのタイムリミットはもうすぐそこまで迫っているけど。

 その時まで、わたしはあんなふうに揺るがぬ足取りで歩いていけるのかな。


 雪が降ったくらいで動けなくなっちゃってるわたしが、どこかへ行くなんて――過ぎた望みだったのかもしれない。



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