第57話 酒杯

「私と決着をつけたいのか、ルイン」

「そんなんじゃねーよ、実力も才能センスもお前が上だ。タイパンの言う通りな」


 ルインの様子を観察する。

 ハッキリ言って、今は無防備だ。

 殺気もなく、ただ話しているだけで、隠し玉があるようでもない。


「では何故だ」

「……、ケジメだ」

「ケジメ……?」

「俺はインを使って、散々色々やった」


 そう言って、ルインは地面に座り、小さな酒瓶とショットグラスを2つ取り出した。

 酒瓶の栓を抜き、2つのグラスに注ぐ。

 片方を手に取り、私に差し出した。


「まぁ座れ、弟弟子。お前とゆっくり話せる最後の機会チャンスだ」


 本当に何を考えているんだ、ルインは?

 私は警戒しながらルインの前に座る。


「そう警戒するな。今は武器もない」

「では、何をしに来たのだ……?」

「だから話す為だ。何ならお前は抜刀しておけ。俺が怪しい動きをしたらそのまま刺し殺して構わん」


 コイツは何なんだ。

 今現在、蒼狼ツァンラン陣営とファン陣営は死闘を繰り広げている。

 そんな中で、コイツは何故こんなにも落ち着いて私に酒を差し出しているのだ。


「あぁ、毒を疑ってるのか」


 ルインはそう言うと、酒を注いだ2つグラス両方を飲み干す。


「これで安心だろ?」


 そう言いながら再びグラスに酒を注いだ。


「優秀だよ、お前は。俺なんかよりもずっと優秀だ。そんな事は先代の時代、お前と一緒に訓練されていた頃から知っている」


 私がグラスを受け取ると、ルインはもう片方のグラスを手に取る。


「飲め」


 ルインがグラスを煽る。

 それに倣って、私もグラスを煽った。

 豊かな香りが口から鼻に抜け、味わい深いコクが喉を流れていく。


「美味いか?」

「……、酒は良く分かりません……」

「お前でも飲める奴を選んだつもりなんだがな」


 確かに飲みやすかった。

 スモーキーさ少なく、それでいてしっかりとした香りがある。

 空になった2つのグラスに酒を注ぐルイン。


「よく考えれば、お前と酒を飲む事なんてなかったな……」

「お互い、意識し過ぎていたんだと思います。どちらが先代を継ぐのかと……」

「ここまで来て、やっとゆっくり話せるなんて、皮肉なもんだ」

「……、死ぬつもりなんですね、ルインさん」

「まぁな。トップってのは、責任を取るためにいるもんだ。今は俺だから、俺が責任を取る」

屍喰鬼グール達はどうするおつもりなんですか……?」

「アイツ等か……。知ってるか、屍喰鬼ってのは臆病なんだ」

「え?」

「あれだけの身体能力を持っているが、他の暗黒種族に比べると、かなり臆病だ。お陰で訓練するのも一苦労だった」

「それが……?」

「昔のお前を見ている様だった。そうしたら、何とも言えん気持ちになってな」


 ルインさんは何が言いたいのか……。

 本人が言う通り、戦うつもりなど本当にない様だ。

 では何故、私と話を……。

 そこでやっと、兄弟子の考えている事が理解出来た。


「まさか……」

「頼みたい事が2つある。1つは、屍喰鬼達の面倒をお前の所で見てくれないか?奴等は優秀だ、お前の元ならその能力の真価を発揮できる筈だ」


 ルインさんが酒を煽る。


「屍喰鬼達には、この戦闘にも参加させず、ある場所に集結させている。そこへ行って、奴等を引き取ってくれ」


 そう言って頭を下げだ。


「ルインさん……」

「もう1つは……」


 私には既に覚悟出来てきた。

 兄弟子が何を言うおうとしているのか、何を望んでいるのかが。

 そして、その決意の硬さは、敵である筈の私に対する穏やかな表情が裏付けである。。


「介錯を頼みたい、優秀な弟弟子であるお前にな」

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