第54話 失敗作

「主殿、どうする?」


 タイパンが俺を見る。

 矮鬼ゴブリンなどの小型種に対しては、簡易的な砦で充分に防げている。

 ただ、問題はその奥に控えている巨人トロル食人鬼オーガ単眼鬼サイクロプスだ。

 小型種の死骸を小高く積み上げる事で、即席の塹壕を築く事で弓矢による攻撃を難無く凌ぎながら、こちらが疲弊するのを待っている。


「これじゃ埒が明かん……」


 俺は焦り始めていた。

 こうしている間に、蒼狼ツァンランが魔王の施術を受けているかもしれない。

 時間がないのだ。

 しかし、打って出れば全滅ないし、致命的な数的不利に陥る。

 何か手がないかと俺が必死に考えている時だった。


「どけ!」


 階段の方から、偉そうな声と共に、総板金鎧フルプレートアーマー独特の足音が複数聞こえてきた。

 俺達の兵士ではないのは明らかだ。

 だとすれば……。


「なんだこの貧弱な布陣は!これだから戦慣れしとらん連中は!」

「アンタ!?」

「私は中央軍所属、第05連隊の連隊長、トールズだ!この戦場、私が指揮をする!」

「トールズ!?」


 目を疑った。

 いつぞやの御前裁判で上将軍から苛烈に叱咤された中央軍の連隊長その人だ。


「なんだ貴様、私を知っているのか?」

「知ってるも何も……」

「フン!私は貴様など知らん。これは上将軍閣下からの直々の御命令だ。この街に巣食う暗黒種族を1匹残らず駆除しろとな!各員、展開!」

「はっ!」


 トールズの号令で、中央軍の総板金鎧を着込んだ屈強な兵士達がフロアに雪崩れ込む。

 俺達が作った柵を跳ね除け、あっと言う間に方陣を組み上げた。


「これが中央軍の力……」


 方陣をじわじわ広げていくトールズ。


「楔!」


 一定の大きさになった所で、陣形を楔型に変形。

 その頂点に当たる場所にトールズがいる。

 まさか……。


「各員、突撃!!」


 陣形を保ったまま前進を開始した。

 トールズ率いる楔の陣形が、グイグイとフロアの奥へ食い込んでいく。

 楔の頂点であるトールズが対岸の壁際に到達した時だ。


「左右展開!押し広げろ!!」


 楔型は左右に別れ、フロアの真ん中に道が出来た。


「行け、ヤクザ共!ここの残存部隊は、全て我等の手柄にさせてもらう!」

「ありがたい!進め!!」


 精鋭の30名が走り出す。


「残りはトールズ連隊長に従え!」

「助力など要らんぞ、ヤクザ」

「助力じゃない。ここから先の敵も出来ればアンタ等にお願いしたいからな、せめてもの罪滅ぼしだ」

「フン、さっさと行け」

「感謝する!」

「軽装歩兵は援護だ!前に出過ぎるなよ!」


 正直、御前裁判で見たトールズは横柄で、とても指揮官向きだとは思わなかった。

 しかし、出世頭なだけはある。

 自らも最前線で戦いながら、的確に指示を出している。

 あの態度は横柄なのではなく、歴戦の野戦指揮官であるが故の落ち着きだったのかもしれない。


「まさか、こんな助っ人が来るとはな」

「それよりも先を急ぐぞ、フェイ

「予想以上に手間取ったからな。行けるか、ファン

「私の心配など要らぬ」

「そうだったな」


 そんな話をしながら階段を降りる。

 下の階はもぬけの殻だった。

 そのままもう1階降りる。

 そこにも誰もいない。

 妙だ。

 あの階だけに暗黒種族を集めるなど、考えられない。

 あそこが突破されれば守りがいなくなる、そんな防衛が存在するはずがない。


「嫌な雰囲気感じですな……」


 タイパンが漏らす。

 それは全員が感じていた事だ。

 何かがおかしい。

 そう思いながらも、もう1階もう1階と降りる。

 最終層まであと少し。

 その時だった。


「コイツはヤバい……」


 そこには20人程度の人間が立っていた。

 ただの人間ではない、それは雰囲気オーラで一目瞭然だ。

 魔力を感じる。

 それも、俺でも分かるくらいにかなり強力なものだ。

 それでいて、全く殺気を感じない。

 何処か虚ろな印象イメージだ。


「失敗作、と言ったところか……」

「ご名答だ、吠」


 まるで人形の様な20人の更に後ろ。

 そこに蒼狼ツァンランが立っていた。


「コイツ等は俺への施術前に実験された実験体だ。どれも人格が壊れたみたいでな。抜け殻のようになってしまった」

「だったら、お前もそうなるんじゃないか?俺達がわざわざ手を下さなくてもよかったか」

「希望的観測は辞めろ、吠。コイツ等は初期ロット。既に原因は突き留められ、改善されている」

「ほぉ、あとかお前が受けるだけってか?」

「そういう事だ。私はもう行くぞ。お前達の相手はコイツ等だ」

「おい!待て!」

「ではな」


 蒼狼はそのまま奥へ消えていった。

 そしてその瞬間、虚ろだった失敗作達に闘志のようなものが現れた。


「黄様、吠様、御下がりください!」


 兵士達が俺達を守るように前出ると、大盾タワーシールドを構える。


「防御!気合入れろ!」


 強力な魔力反応。

 これは魔法ではない、魔術だ。

 大盾でどうにかなるモノではない。

 俺は、咄嗟に魔術を使おうと手を伸ばす。

 しかし、俺に仕えるまともな魔術などない。


「お下がりを!」


 シロが前に出た。

 魔法で対抗するつもりか。

 シロが手を伸ばした瞬間、大盾を構えた兵士達が淡く光り始める。

 防御力上昇の戦闘補助魔法バフだろう。

 シロ以外にも、耳長人エルフの蛇が魔法を重ね掛けする。


「来るぞ!」


 巨大な魔力の塊の反応、数は3つ。

 凄まじい光と音を立て、それらは前線の兵士達が構える大盾にぶつかる。


「くっ!」

「白兵戦用意!抜刀!」


 強烈な光で目が眩む中、前線の兵士達には号令がかかる。

 チカチカとする目を凝らすと、兵士達は混戦の中にいた。


「ダメです!初弾で3列目までが完全に消失!」

「いや、むしろ持った方だ。兵士の犠牲とシロ達の戦闘補助魔法がなければ、全員跡形もなく消し飛んでた」


 生き残った前線の兵士達を距離を詰め、次弾を撃たせまいとしている。

 それは正しい判断だ。

 しかし、失敗作達の動きは異常としか言えない。

 縦横無尽に飛び回り、まるで重力と言うものを感じさせない動きだった。

 壁だろうが天井だろうが関係なく、足を着き、蹴り、加速する。

 蛇すらも翻弄される動きだ。

 大盾で何とか攻撃をしのいではいるが、これではジリ貧だ。


「ガハハハ!主殿、ここは俺にお任せを」

「タイパン?」

「御当主、蛇を連れて黄殿達と先へ行ってください。俺はここで遊んで行きます」

「タイパン、それは兵士達とここに残ると?」

「ルインなんざにもう興味はないですからな。コイツ等の方が面白そうだ」


 タイパンは赤く輝く両手剣ツーハンデッドソードを担ぐ。


「ならば、どちらが多く倒したか、勝負するか?」


 インが同じく、赤く輝く直槍スピアを担ぎながら言う。


「余計に面白い。御当主、ここはお任せを。先に行ってください!」


 タイパンと寅が前線へ飛び込む。

 失敗作達の攻撃を受け止めながら、中央に道を作った。


「お早く!」


 寅とタイパンが作った隙間を俺達は走り抜けた。

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