第53話 築城

 地上階の掃討の指揮はハララカに委ねられた。

 とは言っても、地上階にいるのはひ弱な散兵のみで、本命は地下である事を明確に示している。


「歯応えがねーな」


 兵士の1人が漏らした。


蒼狼ツァンランは地下だという事だろう」

「だったら、さっさと下に合流しましょう。地上階なんざ、中央軍に任せましょうや」


 兵士の言う通りだ。

 ここで遭遇する敵に暗黒種族はいない。

 兵を裂いたのは愚策だった可能性がある。


「中隊長ぉ」


 階段付近にいた別の兵がハララカを呼ぶ。


「なんだ?」

「ここって最上階ですっけ……?」

「いや、もう1階層上が最上階の筈だが?」

「それが、上に行くための階段がないんすよ」

「なに……?」


 階段を確認する。

 改めて見ると、確かに階段はこの階で終わっている。


「このフロアを隈なく探せ!」


 兵士達がフロアの隅々まで調べ始めた。


「中隊長の姉御、こりゃ最上階へは別ルートがあるって事じゃないすか?」

「恐らくな……」


 西都物流商事は通常の企業に偽装した九龍会のフロント企業だ。

 皆、それを失念していた。

 ハララカだけではない、ファンフェイですら忘れていた。

 ここで働く社員は、フロント企業という事すら知らずに勤務していたのだ。

 恐らく、この階が最上階だと信じて働いていたのだろう。

 ハララカは徐に窓を割り、身を乗り出した。


「姉御、何を!?」

「やはり、最上階はこの上だ」


 見上げるとやはりもう1階、この上に存在する。


「最上階へは別ルートがあるんすよ!可能性としては、1階もしくは地下階に階段が!」

「恐らく地下だろう、1階にもそれらしき階段はなかった」

「戻りやしょうぜ、姉御!」

「うむ、地下に向かった隊と合流する!地上の中央軍を招き入れて地上階は任せてしまえ!」

「了解!」

「とんだ時間ロスだな」

「まぁ、よく考えてみれば、ラスボスは最上階ってのがお約束すからね!」

「ラスボス?」

「物語とかで最後に戦うボスの事すよ」

「それは分かっている。しかし、実際にそうなるとはな」

「俺達って、御伽噺おとぎばなしの世界にいるみたいっすね」

「だとしたら、チョイ役だがな」

「違いねー!」


 兵士達は笑っていた。

 ハララカもつられて笑う。


「姉御も笑うと可愛いすね!」


 そう言って、また兵士が笑う。


「お前達、私を姉御と呼ぶのはいいが、恐らくお前達より若いぞ」

「……え?」


 兵士達は思わず足を止めるのであった。



「こいつはまるで百鬼夜行だな」


 薄暗い地下には暗黒種族がひしめき合っていた。

 黒醜人オークを初め、食人鬼オーガ巨人トロル単眼鬼サイクロプス矮鬼ゴブリン狗鬼コボルド小鬼インプ

 全ての壁を取っ払った地下階層は、まさに冥界そのものの様に見える。


「その程度の手勢で、ここを抜けられると思っているのか?」


 黒醜人の1人が笑いながら言う。


「思ってるから来たんだろうが、馬鹿か?」

「フン、捻り潰してやれ!」


 暗黒種族が雄叫びを上げながら向かってくる。


「槍隊前!」


 長めの直槍スピアを持った総板金鎧フルプレートアーマーの重装兵が前に出る。


「築城!」


 重装兵が作ったスペースに、鋼鉄製の柵を設置する。

 弓兵の脅威がないお陰で、全てがスムースに進む。


「設置完了!」

「こちらも設置完了!」

「よし、槍隊下がれ!」


 重装兵が柵の隙間から撤退。

 撤退の間の援護で、半弓ショートボウを持った軽装弓兵が矢を絶え間なく射る。

 重装兵の撤退が完了すると、即座に柵の隙間を新たな柵で埋める。

 これで築城完了だ。

 弓と槍と柵。

 グローが作ったいつぞやの砦を参考に、俺が作った即興の砦だ。

 まずは敵の数を減らす。

 その事だけに重きをおいた野戦築城だ。


「焦る事はない。着実に削っていけ!」


 これだけで勝てるとは思っていない。

 しかし、ここで確実に数を減らす。

 暗黒種族達の動きも変わった。

 柵へ近付いてくるのは矮鬼や狗鬼、小鬼といった小型種のみで、食人鬼や巨人と言った大型種は後ろに下がった。

 何をしようとしているのか、何となく分かる。

 本当の戦はからだろう。

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