第39話 閣下と副官

「閣下、蛇が直接話したいと申しておりますが、いかがしますか?」


 珍しく執務室の椅子にドカリと座っていた上将軍に、オクト大尉が訊ねた。


「直接?大方予想はつくが、まぁ良い、通せ」

「はっ」


 すぐに蛇が執務室に通された。

 その蛇は、幼さの残る圃矮人ハーフリングだった。


「お初にお目にかかります。蛇のジムグリと申します。主に連絡役をやっています」


 ニッコリと笑いながら、ペコリと頭を下げるジムグリ。

 雰囲気が何処となくスー殿に似ている。


「で、要件とはなんだ?ジムグリ」

「はい。我らの陣営は近々、蒼狼ツァンランが新たに作った研究施設を襲撃します」

「研究施設とは、例の街中に作ったやつか?」

「はい」

「つまり、街を攻めると」

「その通りです」

「……、それで、西方司令部を押さえ込んで欲しいという事だな」

フェイ様の言う通り、閣下は話が早くて助かります!」

「待て待て、まだ了承した訳ではないぞ?」


 そう、二つ返事に了承出来る様な話ではない。

 西方司令部を抑えるにはそれだけのが必要になる。

 そして何より、国王陛下の許可も必要になるだろう。


「襲撃はいつだ?」

「2日後です」

「ダハハハハ!そりゃいくら何でも無理だわい!」


 流石の上将軍も盛大に吹き出した。


「閣下の所でも、蒼狼が魔王軍残存部隊を吸収した事は掴んでいるのではありませんか?」

「そりゃそうじゃ。でなければ、新たな研究施設の場所の特定など出来んかったからな」

「その節はありがとうございました。早速、ウチの手の者が潜入し、調べる事が出来ました」

「何、礼など良い。ガル……吠にはいつも無理を言っていたからな」

「その潜入した者の情報によりますと、2日後、蒼狼本人が研究施設を訪れる予定になっている様です」

「なる程、1発で終わらせたいのだな?」

「はい。その為にも、閣下にご協力をお願いしたいのです」

「うーん」


 上将軍は目を閉じたまま天井を仰いだ。


「サリィン、どう思う?」


 突然、私に話が振られる。


「どう、と言われましても……。動きを抑えるだけでいいのでしたら、国王陛下の許可は後からでも問題はないかと……」

「ほぅ……?」


 上将軍の目の奥が光る。


「それはどういう事だ?」


 ニヤニヤと笑いながらこちらを見る上将軍を見て、この人は既に私が言わんとする事を理解し、それを実行出来得る作戦として、詳細の組み上げが終わっているのだと気付かされた。

 つまり、今から私が話す事は、上将軍の説明作業の代理だ。

 何とも情けない……。


「西方司令部を本格的に調べ上げ、再編するとなれば国王陛下の許可が必要になりますが、嫌疑からの捜索程度であれば、閣下の許可だけでも十分かと」

「うむ、その通りだ。しかし、儂の号令で調査ガサ入れするにしても、証拠が必要になるだろ?」

「はい、だからそれを現地で調達するのです。『魔王軍残党との結託』を証明出来れば、その証拠が先だろうが後だろうが西方司令部は解体再編を余儀なくされるので?」

「ガハハ!分かってきた様だな、サリィン!」


 上将軍はご満悦の様だ。

 今までの私ならば、この様ななど使わなかっただろう。

 上将軍とガル殿のせいと言うか、お陰と言うか……。


「悲しそうな顔をするな、サリィン。それが世を渡るという事だ」

「そうかもしれませんが、やっている事は西方司令部と同じではないですか。後付けの証拠で処罰するなど、卑怯としか思えません」

「サリィン、それがと言うモノだ」


 その上将軍の声が恐ろしく真面目なものだった。


「良いか、権力と言うモノはそういう卑怯な使い方も出来る。だからこそ、我々は見失ってはならんのだ。我々の存在理由を」

「存在理由……」

「軍とは何のために存在する?」

「国を守る為です」

「そうだ。国を守り、国王陛下を守り、民を守る。その為に、個人では成し得ぬ事を、という集団で、命を投げ出してでも遂行する。それが軍という武力集団だ。しかし、今の西方司令部は私利私欲の為に民を苦しめている。既に西方の多くの集落で、その不満が募っている。そうであろう?ジムグリ」

「はい。既に臨界近いかと。ちょっとしたきっかけで爆発しかねない状態です」

「ならば、民の為にどんな手でも行使する。それが軍の本分ではないか?」

「……、要は国の為、民の為という大義名分があれば、どんな卑怯も許されるという事ですね」

「ガハハ!モノは言いようだな!しかし、お主が目指すのは理想だ。理想だけでは飯は食えんぞ」

「だとしても、に近付く努力は必要だと思います」

「確かに、お主の言う通りだ。しかし、そうなり得るにはまだ情勢が安定しておらんのも事実。張りぼての軍では国が乱れるのみだぞ」


 上将軍の言う通りだと、私も思う。

 理解は出来る、しかし納得が出来ない。


「ガハハ、サリィンは真面目過ぎる。クソ真面目だ」

「融通が利かないのは、自分でも分かっています」

「そうではない。お前は今後の王国には必要な人材だ。卑怯な手段を使う時代は、儂で終わりにしてやる、安心しろ」


 まただ。

 『自分の代で終わりにする』、ガル殿も言っていた。

 この台詞が私は大嫌いだ。

 私を含めた周りの者達の関与を拒絶する言葉だ。

 そうしてガル殿は姿を消した。

 ふざけるなと言いたい。

 共に戦った事さえなかった事にされるのだ。

 それが何より、理解も納得も出来ない。


「閣下、行かれるのであれば、私も同行させてください」

「何?」

「もう、蚊帳の外はうんざりです」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした上将軍は、しばらくして大声で笑い始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る