第37話 蛇の戦場

「ブンガルス!ここはもういい、本部に戻れ!」


 ヤマカガシが肩口を抑えながらブンガルスに駆け寄った。


「やられたのか!?」

「1発喰らったが、大した事はない。それより、町の近くで蒼狼ツァンラン側とウチの兵士が小競合いを始めた。それを止めてくる」

「モンペリエは?」

「先に小競合いの方へ向かった。この時期に、こういう小さい戦いは避けた方がいい。相手は西方司令部を牛耳ってる」

「そっちは頼むぞ。私は御当主に報告する」

「頼む」


 今ここで問題を起こしては、西方司令部から標的にされかねない。

 そうなれば、兵を動かすのに更に枷が増える。

 戦いで最も重要なのは速さだ。

 数で劣るのならば尚更。


「しかしあの屍喰鬼グール、口の割りにアッサリ引いたな……」


 ハッキリ言って、手応えがなかった。

 明らかに手を抜いていた。

 それを考慮しても、なかなかの実力だったのは確かだ。

 致死軍ジースージュンは確かに厄介かもしれない。

 しかし消耗を恐れているのか、力押しには出てこないようである。

 ならば、まだ我々の方に軍配が上がる。

 潰す事は出来ないにしても、優勢を維持できれば問題はない。


「恐らく、タイパンが実験施設を特定出来ている筈」


 となれば、開戦まで秒読みだ。

 この様な小さな町で小競り合いなどやっている場合ではない。

 ブンガルスはふと気が付いた。

 秒読みに入るからこそ、小競合いを誘発しているのか。

 なる程、そうする事で兵士の集結を少しでも遅らせようとしているのかもしれない。

 幼稚だが、確かに有効ではある。

 これが各地で起きているとすれば、それはそれで面倒極まりない。


「とにかく、御当主の元へ行かねば」


 ブンガルスは本部へ急いだ。



 決行日が決まった。

 5日後だ。

 ジムグリはそれを伝える為に本部を出た。

 タイパンと落ち合うのは例の酒場。

 そこで外を眺めながらスープを口に運んでいた。


「おい、いたか」


 豪快に店の扉を開けたタイパンが、ドカリとジムグリの向かいに座った。


「お前、ホントにスープが好きだな」

「だって、美味しいじゃないですかー」

「それより、決まったんだろ」

「はい」


 そう言って、ジムグリは眼球の動きで決行の日時をタイパンに伝える。

 その気になれば、蛇同士は眼球の動きだけで会話が出来るのだ。


「待て、それだったら2日早くできないか?」

「はい?」


 そして、タイパンはその理由が眼球で伝える。


「……、分かりました。でしたら御当主の許可も下りると思います」

「頼んだぞ」

「おーい、ダイルー!女買いに行くんじゃなかったのか?」


 顔を赤くしたピークが現れた。

 どうやら1杯引っ掛けているらしい。


「ちょっと野暮用でな」

「あれ?カイマンちゃんじゃねーか、タイパンに会いに来たのか?」

「俺が忘れてた荷物を届けてくれたんだ」

「なんだ、てっきりダイルの相手をカイマンちゃんがヤるのかと思ったぜー」

「バーカ、コイツじゃ入んねーよ」

「なんだったら、俺が相手してもいいんだぜ?」

「相手?」

「辞めろ辞めろ、年端もいかねー娘をそう言う目で見るな」

「んだよ、いいじゃねーか」

「いいから行くぞ」

「おいー、じゃあね、カイマンちゃん!」


 酔っ払ったピークを何とかタイパンが連れ出す。

 ジムグリは笑顔でそれを見送ると、スープをゆっくりと味わい、店を出た。


「さ、帰ろ!」


 ジムグリは街の中を見回しながら歩く。


「あのガキだ。追い掛けろ」


 それを物陰から見ていたのは3人の狗狼人ウェアウルフの男。

 蒼狼ツァンランの私兵だ。

 突然戻ってきたダイルこと、タイパンを不審に思った教官が、監視を付けていたのだ。

 少しでもタイパンが接触した人物を徹底的に洗えと言うのが教官からの命令だった。

 しかし……。


「あのガキを追うんすか?」

「どう見ても、何処ぞの村の田舎娘だぜ」


 3人の視線の先にいるジムグリは、無防備に周りを見回し、たまに他の通行人とぶつかって謝っている。

 うろついている酔っ払いに絡まれたり、物乞いに小銭を与えたりと、なかなか前に進まない。

 こんな奴が間者なのかと疑いたくなるのも仕方がない。


「いいから追え。それが命令だ」

「ったく、行きゃいいんでしょ、行きゃ」


 そう言って1人がジムグリの後を追い掛け始める。

 普通なら店から5分程で着く街の門への道のりを、たっぷり30分掛けて歩いたジムグリは、やっと街の外へと出た。

 尾行していた男も街を出ようと、小走りになった時だ。


「痛ってーな!」


 男が通行人にぶつかる。


「悪いな、急いでんだ」


 そう言ってその場を後にしよとした時、その通行人がガッチリと男の腕を掴む。


「待てよ犬っころ。ぶつかって来た癖にそれはねーだろ?躾のなってねー野良犬だな」

「あ?誰が野良犬だって……」

「お前に決まってんだろ?」

「兵士舐めてんのか?」

「あ?お前兵士なの?王国軍か?違ぇーよな?王国軍にこんな雑種なんている筈ねーもんな!」


 殴り合いが始まった。

 いつの間にかその周りにいた通行人達も殴り合っている。


「おい!何やってんだ!」


 見かねた狗狼人の2人も物陰から出てきた。


「辞めろ!」

「うるせぇ!コイツが喧嘩売ってきたからだ!」

「ギャンギャン吠えるなクソ犬が!」

「んだと!」

「王国軍でもねー癖に、亜人デミの分際でデカい顔してんじゃねーよ!」

「そうだそうだ!」

犬小屋ケンネルに帰れ!」


 最初の通行人だけでなく、周りにいた人間ヒューム達からも文句が上がる。

 王国は人間が築き上げた国だ。

 人間以外の種族への偏見や差別は根強い。

 更に、ここ数日で王国軍ではない蒼狼の私兵が我が物顔で街を歩いている事に対して、街の住人から反感を買っているのだ。


「黙れくそが!」

「辞めろ!もういい。今日は戻るぞ」

「さっさとお山に帰れよ、ワンちゃん達」


 狗狼人達を嘲笑う声が響く。

 それを、街の門の外、そのすぐ近くの物陰からジムグリは聞いていた。


「助かりました、ハララカさん」


 ジムグリの隣には1人の女が立っていた。

 彼女も蛇の一員で、この街に潜伏している。


「いいのよ、ジムグリ。それより、尾は切ってあげたから早く戻りなさい」

「はい!」


 ジムグリはニッコリと笑って物陰から消えた。


「あの子、やっぱり侮れないわね」


 ハララカはニヤリと笑った。

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