第36話 悪足掻き

 報告に戻ったブンガルスをそのまま出撃させた。

 通常であれば現場にいる3人で様子見をさせるのだが、どうも嫌な予感がしたからだ。

 タイパンも2日で突き止めると言っていたが、今日がその2日目。

 ジムグリが戻っていない事を鑑みれば、研究施設の詳細はまだ掴めていないのだろう。


「暗い顔してどうしたの?パオ

「エルウィン殿……」


 困ったような笑顔のエルウィン殿が立っていた。


「この顔は生まれつきです……」

「そう?感情が顔に出づらいのは知ってるけど、それでも豹の顔色くらいは分かるわ。何か問題があったの?」


 この女性は本当に侮れない。

 幼い頃から隠密として育てられた私は、他人に思考や感情を読まれないよう、特殊な訓練を受けている。

 蛇の中でも、私の表情を読める者は少ない。

 シロかタイパンくらいのものだ。

 たまに激情に駆られる事はあっても、そんな事は滅多にない。

 それなのに、エルウィン殿は容易く読んでくる。

 フェイ様と互いの背中を預け合うだけの人物だと痛感させられる。


「昨日、報告があったのですが、南の町で怪しい動きがあると。まぁこの時期ですから、怪しい動きがない方がおかしいのですが、何とも嫌な予感がしていまして……」

「……」


 報告書と地図に目を落としている私を、無言のままエルウィン殿が見つめる。


「……、豹、何人送ったの?」

「現場の3人に、ブンガルスを合流させました」

「無理はしないように言ってるんでしょ?ブンガルスがいるなら大丈夫よ」

「それはそうなんですが……」

「……、豹の懸念はまた別の所にあるみたいね」


 その通りだ。

 量産屍喰鬼グールの第2ロットまでが現場投入されて既にかなりの時間が経っている。

 ルインが育てた新たな諜報部隊が活動を開始していてもおかしくない。

 嫌な予感とは、恐らくそれだと確信している。


「屍喰鬼です。恐らく、ルインの新たな屍喰鬼部隊が既に出てきている筈……」

「なる程ね。でも、そんなに心配しないくてもいいと思うわよ?」

「何故です?」

蒼狼ツァンランにとっての諜報部隊は、もう屍喰鬼の部隊しか残ってない。兵力が大きくても、諜報において優位アドバンテージを取られれば、兵数の多い蒼狼の方が被害が大きくなる。下手に消耗する様な使い方はしてこない筈よ。貴方達も深追いはしないようにね」

「確かにそうですが……」

「私達との戦いで諜報部隊を全消費する筈がない、蒼狼はこの戦いだけではなく、も考えているわ、きっと。だったら尚更、屍喰鬼達を消耗させるような事はないわ」


 先の戦い。

 つまり我々を潰した後、王国を蹂躙し、世界を取る戦い。

 何とも大それた話だが、現実味を帯びている現状、笑い話にもならない。

 しかしそれを見越して、新たに作った諜報部隊で無理に押してくる事はないと言うのは、確かにそうだ。


「とにかく、ブンガルスの帰りを待ちます」

「御当主ぅー」


 突然、扉が開いた。

 現れたのはジムグリだった。


「ジムグリ、戻ったか」

「はい。タイパンさんからこれを預かってきました」


 そう言って渡された数枚の羊皮紙には、建物の図面の様だった。

 その中に1ヶ所だけ、赤い丸が付いている。


「突き止めたみたいだな。すぐにファン様と吠様に連絡を」

が決まったらタイパンさんに伝えます」

「頼むぞ、ジムグリ」

「しょーち!」


 そう言って笑顔でジムグリは部屋を去った。


「街を攻める事になるわね……。そこからはもう止まれないわ」

「その通りです。可能な限り、蒼狼側と魔王軍残存部隊の連携を邪魔するつもりです」

「問題は王国軍ね……」

「次の戦闘で、我々は逆賊に指定されるでしょう」

「吠と一緒に上将軍へ掛け合ってみるわ」

「しかし、今の今まで中央司令部は黙認を続けています。ここで表立って介入してくるとはとても思えません……」

「中央司令部が黙認してるのは、大義名分がないからだ。西方司令部が蒼狼側で、魔王軍残存部隊と共同で事を起こせば、ここぞとばかりに叩き始める筈だぜ」


 いつの間にか吠様が立っていた。


「吠様……」

「この街には強固な城壁と、投石機アクセラレータがある。それを使われれば俺達は全滅しかねない。それを使わせない為にも、上将軍の協力は不可欠だ。まずは上将軍へ報告書を書く」

「御意に。それもジムグリに運ばせましょう」

インにも連絡しておけ。仕上段階だってな」

「御意に」


 勝てるのだろうか。

 恐らく、この街の襲撃が成功すれば、そのまま西都へ攻め込む事になるだろう。

 1つも落とせない戦いになる。

 吠様はどう出るおつもりなのか。

 とにかく、私は私に出来る事をやるしかなかった。

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