第35話 蛇と鬼

「この街で間違いないだろう」


 タイパンは酒場でパンを齧っていた。

 ここは蒼狼ツァンラン配下の街、西都からも程近い場所にある。


「どうするつもりだ、タイパン」


 タイパンの向かいに座っていたブンガルスが言う。

 ブンガルスの隣には、ニコニコと笑いながらスープを口に運ぶジムグリが座っていた。


「そりゃ、潜入して調べるに決まってるだろ。警備にどれだけの兵士があてられてるかだけでも調べたいからな」

「しかし、潜入するにも手段が……」

「何とかする。ブンガルスは先に戻り、この街が当たりだと御当主に伝えろ。ジムグリはしばらくこの街にいろ。調べが付き次第、ジムグリに情報を渡す」

「……、タイパン、本当に大丈夫か?」

「何がだ?」

「ジムグリの事だ。現場へ配置してからまだ日が浅い」

「コイツは心配ない。時間さえあれば、シロにも匹敵する蛇になるぞ」


 タイパンはニカリと笑いながら、ジムグリの頭をワシワシと撫でる。

 当の本人は何のことかよく分かっていない様だ。

 ただ、ブンガルスとタイパンの顔を交互に見ながらニッコリと笑うだけ。


「はぁ……、お前の虎の子なのは分かった。とにかく、余り潜り過ぎるなよ」


 ブンガルスはそう言い残して酒場を出て行った。


「タイパンさん、私の任務は?」


 木製のスプーンを咥えながらジムグリがタイパンに訊ねる。


「あれ?ダイル?ダイルじゃないか!?」


 と、ブンガルスと入れ替わる様に店へ入って来た鉱矮人ドワーフが、タイパンの顔を見て叫んだ。


「あ?ピークか!?」

「ダイル!生きてたのか!!」

「お前こそ、よく無事だったな!バルグは?」


 バルグを殺したのはタイパンなのだが、一応聞いておかないと怪しまれる可能性がある。

 ごく自然な流れだが、それもタイパンの思考の速さが成せる技だ。


「バルグは……、死んだよ、あの襲撃で……」

「そうか……。しかし、お前は生きてたのか、よかった」

「そう言うダイルは何処で何してたんだよ」

「俺は襲撃した奴等を追っていたんだが、手酷くやられてな……。何とか近くの村に辿り着いた所を、コイツに助けられた」


 そう言って、ダイルを名乗るタイパンはジムグリを紹介する。


「カイマンだ」

「初めまして、カイマンです」


 ジムグリはニッコリと笑いながら、偽りの自己紹介をする。

 タイパンがジムグリを気に入っている点は、その順応性の高さも1つだ。

 暗殺者アサシンとしての素質の高さもそうだが、何より、現状を把握して適応するまでの時間が途轍もなく速い。

 ピークとタイパンの会話を断片的に聞いただけで、状況を把握したのだ。

 しかも傍から見れば、目の前のスープを夢中になって食べている様にしか見えない。

 周りが一切見えていない様な様相で、その逆、周り全ての情報を聞き取っている。

 これは中々に高等な技術なのだ。


「ダイルを助けてくれたんだな、ありがとうカイマン」

「いえいえ、大怪我をされていましたが、ご本人は元気そうで驚きでしたよ」


 アハハと笑うジムグリ。


「それはそうと、何故こんな所にいる、ピーク?」

「それはこっちの台詞だ、ダイル」

「俺か?俺は、ここに兵士が集まってるって噂を聞いてな。虫のいい話かもしれんが、原隊復帰出来ないかと思ってここまで来た。何だかんだ、食い扶持が要るからな。いつまでもカイマンの世話になる訳にもいかん」

「なる程、だったらちょうどいい!襲撃の後の部隊編成で、俺はこの街の警備に配置されたんだ。直属の上官はあの教官殿だがな。お前が戻ってくるってんなら、教官も喜ぶだろう」

「口利きしてくれるのか?」

「当たり前だ!ダイルがいると安心出来る」

「助かるぜ、ピーク!」


 何とも運がいい。

 こうしてタイパンは新たな実験施設がある街へ、蒼狼ツァンラン側の警備兵として侵入するのだった。



「敵の数は?」


 ブンガルスはタイパンと別れた後、本部へ戻ったのはいいが、そのまま別の前線へ送られた。

 場所は西都から南に20キロ程離れた町。

 怪しい動きがあると報告が入っていた町で、蛇を3人程潜ませていたが、どうやら敵も事を構える腹積もりらしい。


「数は3~5人。隠は既に壊滅している事を考えると」

「遂に屍喰鬼グールの隠密部隊が本格投入されたとみるのが正しいだろうな」

「どうする、ブンガルス」


 この町に潜ませた蛇の中で最も実力があるのは、ブンガルスと話しているヒバカリだ。

 他の2名はモンペリエとヤマカガシ。

 3人とも戦闘には慣れた面子だ。


「向こうもやる気だ。こちらとしても情報が欲しい」

「殺しても構わんのだろ、ブンガルス」

「あぁ、死体だろうが研究には使えるからな、モンペリエ」


 モンペリエがニヤリと笑う。

 ブンガルスが頷くと同時に、4人は闇に消える。

 2階建ての建物の屋根の上にブンガルスが立つ。

 1人の屍喰鬼がそこにいた。


「アンタ等が蛇か」

「ルインが育てた新たな隠密か」

「聞くまでもないだろ」

「研究素体として持ち替えられてもらおう」

「俺達は致死軍ジースージュン。カハールと言う」

「名前があるのか。隠は個人の名前を持たないと聞いたが?」

「俺達は隠ではない、致死軍だ。全く別の部隊だ」


 そう言ってカハールが小剣ナイフを投げる。

 ブンガルスは難無くそれを避け、短剣ショートソードを抜く。

 カハールも短剣を両手に握り、斬りかかる。

 短剣を払いのけ、カハールの腹に蹴りを入れるブンガルス。


「確かに、力も素早さも隠とは比べ物にならないな」

「蛇の強さ……、この程度ではないのだろ?」


 不気味な笑みを浮かべるカハール。

 どうも本気でやり合いたいようだ。

 ブンガルスは涼しい顔のまま、密かに短剣を握り直した。

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