第31話 闇の再始動

「ルイン様」


 屍喰鬼グールの1人が俺の部屋を訪ねてきた。

 コイツは新たに育てた屍喰鬼の諜報員の中でも一番見込みがあった奴だ。

 技術としては既に蛇と互角に渡り合える。


「試運転はどうだった?」


 試運転とは、ファン陣営の訓練所の襲撃だ。

 目的は、この屍喰鬼部隊の最初期実線投入。

 戦闘が目的ではなく、設定した目標をどれだけクリアしたか、どれだけの練度に仕上がったかの確認だ。

 主目的は指揮官クラスの暗殺だが、そこまで出来るとは思っていない。

 蛇も防衛に入る筈だ、下手にかち合ってこちらに被害が出ても困る。

 可能な限り戦闘は避け、近付ける所まで近付け、それが命令だった。


「我々の被害はゼロ。陽動に使用した兵士達にはそれなりの被害が出ています」

「兵士の話などどうでも良い。今回はお前達の卒業試験だ。何処までクリアした?」

「暗殺寸前まで近付けた者が20名弱」

「暗殺を成功させた者は?」

「いません」

「……、蛇がいたか」

「はい。中隊ごとに1人ずつ配置されていたようです」

「なる程。では、その20名を先に集めろ。ソイツ等を長として、部隊編成を行う。例の廃村に集合しろ」

「承知」


 やはり暗殺までは成功しなかったか。

 中隊ごとに蛇を配置するなど、なかなか上手く考えた者だ。

 「蛇の道は蛇」というのを地で行っている訳だ。

 とは言え、暗殺寸前とはどの程度だったのだろうか。

 それによって評価も変わって来る。


「それはそうと、名前を付けてやらんとな」


 インの後釜ではあるが、別の名前を付けてやるつもりだ。

 隠も完全に壊滅した訳ではない。

 ただ、現場に出ている者は全部殺された。

 残っているのは後方支援の事務方だけだ。

 隠の名前はソイツ等の為にも残してやる。

 なので、新たな名前を考える必要がある。

 そんな事を考えながら、屍喰鬼の訓練に使用していた廃村へ向かった。



 集まったのは100人にも満たない屍喰鬼達。

 これが現状、俺が持てる全勢力だ。

 補充も出来ない、下手に消耗出来ない戦力。

 無理はさせられないのだ。


「集まってもらったのは他でもない。先の作戦、まぁ結果から見れば暗殺は失敗に終わった訳だが、お前達は全員帰って来た。まずは及第点だ」


 屍喰鬼達の間に流れていた緊張した空気が少し和らいだ。

 恐らく、誰も暗殺を成功させられなかった事の責任を取らされると思っていたのだろう。

 隠ならばそうしていた。

 替えが効いたからだ。

 しかし、今はそうではない。


「安心しろ、お前達は簡単には殺させない。お前達も、任務よりも自分の命を優先させろ。死ぬ覚悟を持つのは自由だが、だからと言って死んでしまっては元も子もない。お前達は今いるメンバーが全てだ。補充も増員もない。この意味が分かるか?」

「捨て駒の様な運用が出来ない、という事でしょうか?」

「その通りだ。俺はそんな運用をした事がない。常に予備を作り、組織が瓦解しないように備えていたからだ。しかし、今回はそうもいかない。なので、命の危険があると思った場合は、命を守れ。そこの判断はお前達個人に任せる」


 それでどれだけの成果が上げられるかは、正直分からない。

 ただ、隠以上の働きは出来ないと考えるべきだ。


「任務は重要だ、必ず完遂しろ。しかし、命は賭けるな、良いな」

「承知!」

「さて、お前達の部隊名を考えた」


 俺の言葉に、屍喰鬼達が少しどよめく。

 そう言えば、コイツ等には個人の名前すら与えていなかった。

 名付けてもらえるのが嬉しいのかもしれない。


「部隊名は『致死軍』。敵をらしめるという意味だ。九龍会の奴等は『ジースージュン』と呼ぶだろうが、好きにさせておけ」

致死軍ジースージュン……」


 屍喰鬼達の目が輝いた。

 そんなに嬉しいものなのか。


「それと、もう一つ。各個人、自分の名を好きに決めて、好きに名乗れ」


 屍喰鬼達は更に嬉しそうにお互いを見合わせている。


「ルイン様、ありがとうございます!」


 全員が頭を下げる。

 こんなに感謝される筋合いはない。


「浮かれるな。では最後に、お前達の当面の任務だ。蛇の奴等の動きを探れ。そして、極力戦闘は避けろ。いいな」

「承知」

「以上だ。任務に戻れ」

「承知!」


 屍喰鬼達が姿を消す。

 隊長に任命した、一番出来のいい奴だけがその場に残った。


「お前、名前はどうする?」

「急に言われましても……。何も思い付きません」

「ならば、ルーンと名乗れ。先代、俺のクソな師匠の名前だ」

「そんな、恐れ多い!」

「良いんだ。もう死んだ奴だからな。それと、お前には別命を出す」

「はっ」


 そして、その内容をルーンに聞かせる。

 ルーンは目を見開いた。


「何を仰っているのですか!?」

「そのままの意味だ。俺は蒼狼ツァンランなどと共倒れになるつもりもない。だが、アイツが勝てると言う確証もなくなった。だから、お前にこの別命を言い渡している」

「しかし……、そのような事、部下達が素直に従うとは……」

「安心しろ、俺の署名で書類を作っておく。遺書みたいなもんだ」

「遺書だなどと!縁起でもない!」

「言っただろ、俺は何に対しても備えておきたい性分なんだ。それにこれは命令だ、従え」

「……、承知……」


 何とも納得のいかない顔つきだったが、ルーンは従うだろう。

 これで、俺に出来る事は全部やった筈。

 後は蒼狼と黄の戦争の行方を見守るだけだ。

 俺はルーンに酒を1杯奢ってやる事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る