第29話 襲撃と面会

「御当主、急ぎ報告したい事が」


 珍しくタイパンが慌てていた。

 その様子で、大方の予想が付く。

 とはいえ、部下の報告をしっかりと聞かなくてはならない。

 


「どうした、タイパン」

「その顔は、予想がついてる時の顔だ、御当主」

「良いから要件を言え」

「御当主の予想通り、隠に屍喰鬼グールが混じり始めた」


 タイパンの言う通り、予想通りの報告だった。

 最初期と第2ロットの製造が完了していた事は知っていた。

 遅かれ早かれこうなる事は誰にでも予想できる。

 問題は、こちら側の被害だ。


「被害状況は?」

「まだ本格的な戦闘には発展していない。剣先が触れ合った程度だと思ってくれ」

「諜報用の屍喰鬼の予測数は?」

「まだ何とも言えんが、多くても50前後。身体能力などのステータス的には蛇にも引けを取らんだろうな」

「我々が勝るのは経験の差か」

「試しに捕まえてもいいか?」

「辞めろ。屍喰鬼を調べている余裕はない。見つけ次第潰していけ」

「後々の為の研究にと思ったんだが……」

「そんなものは要らん。屍喰鬼の諜報員など、歴史に残させない」

「承知。所で、御当主」

「なんだ?」

「主殿への連絡役として走らせたジムグリだが、その後は主殿と一緒に行動しているようだが?」

フェイ様にも考えがあるのだろう。ドッズの弟の件は、ポォ様の罠という可能性も捨てきれていない」

「身内を疑う必要があるってのも難儀だな」

「お前に人の事は言えないだろ……」

「ガハハ!」


 大声で笑うタイパンには、反省の色など皆無だ。

 コイツ、自分がしでかした事を分かっているのか?


「しかし、今回は妙な育て方をしたな、タイパン」

「ん?何のことです?」

「蛇の増員の件だ」


 蛇は諜報の専門家だ。

 全てをオールマイティにこなせなければ、現場で死ぬ事になる。

 なので基本的には、全ての能力を平均的に、バランスよく育成していく。

 しかし今回の人員増強で、タイパンは1つの能力に特化した蛇を育てたのだ。

 主に連絡役や裏方の人員なので、前線に出る可能性は限りなくゼロに近いのでいいのだが、それでも不安が残るのは確かだ。


「そりゃ、短時間で現場に出せる様な奴を育てるなんて無理です。だが、1つ尖ったモノを持ってる奴を育てるのは難しくない。それに、1つでも尖った能力があれば、戦場でも案外生き延びるもんです」


 その説明で、やけに納得した。

 なる程、確かに全ての能力を現場レベルに上げるのは難しいが、1つだけであれば、才能のある者は現場でも十分に通用するレベルに達する。

 タイパンはやはり馬鹿ではないようだ。


「なる程な。ジムグリに関して、その速さか」

「そういう事です。今の蛇の中でも3本の指に入る速さを持ってる。充分に通用する才能だ」

「よくそんな子を見付けてきたな」

「なーに、貧民窟スラムでスリやってたガキですよ。スリの腕前は下手くそな癖に、逃げ足だけは早い。他にも色んな奴がいて、この国も貧民窟も面白いですな」


 そう言って、またガハハと笑う。

 ジムグリはタイパンから財布でもスろうとしてのか?

 度胸もも中々あるようだ。


「しかし、問題なのは主殿ですぜ。ちゃんと刀を手に入れてくるのか……」

「手に入ろうが入るまいが、蒼狼とは決着を付ける必要がある。それには変わりない」


 本当に存在するか分からないゲンシン殿の遺作。

 私は祈りにも近い気持ちで、吠様からの連絡を待った。



「アンタがドッズの弟か?」


 俺は単刀直入に聞いた。

 ここはポォのオッサンが仕切る小さな町。

 豹の調べでは、どうもこの町自体が避難所の機能を備えているらしい。

 王国政府や軍関係者で問題を起こし、命を狙われた者を匿っているそうだ。

 そのせいか、この町の住人は皆、よそ者を嫌う。

 この鍛冶場の場所を聞いても、誰も教えてくれなかった。

 と言うより、話し掛けても完全に無視された。

 何とも不快な町だが、いわくつきの人間しかいない事を考えたら仕方がないのかもしれない。


「そう言うアンタは?」

「俺は吠」

「フェイ……?」


 ドッズの弟は俺の名前を聞いた後、何を思い出したかのように目を見開き、近くの金槌ハンマーをこちらに向けてきた。


「アンタ、九龍会の人間か!」

「そうだが、違う」

「あ?」

「俺は九龍会だが、蒼狼とは敵対関係にある。ちなみに、アンタを助けた破のオッサンとは協力関係だ」

「……」


 俺とエルウィンの顔を交互に見た後、ドッズの弟は溜息を吐いて金槌を置いた。


「俺を殺しに来たわけじゃないんだな?」

「そんな事は考えていない。それより、アンタの名前は?」

「俺か?俺はカース。アンタの言う通り、ドッズの弟で鍛冶屋をしている」

「早速で悪いんだが、これを見てくれないか?」


 俺は腰に差したソハヤをカースに渡す。

 鞘から抜くと、半分になった刀身が現れる。


「こりゃ……、盛大に折ったな」

「それで困っているんだ」

「……、ゲンシンさんの刀が欲しいんだな」

「察しが良くて助かる」

「残念ながら、俺は持ち合わせていない」

「そうか……」

「この刀……、緋緋色金オリハルコンを含んでるな……」

「そうらしい。お陰で、普通の刀じゃ耐久性に問題が」

「どういう使い方してんだ、アンタ……。そうだ」


 カースは何かを思い出し、部屋の端っこの戸棚を漁り始めた。


「確か兄貴からの手紙で、ゲンシンさんが籠ってた鍛冶場の場所について書いてたものが……」

「本当か!?」

「詳しくは書いてなかったが……、そこなら刀の1本や2本くらいは残ってるかもしれん。あったあった」


 カースはその手紙を渡してくれた。

 それはドッズの近況を知らせる手紙で、その中に大まかな鍛冶場の場所も書かれていた。


「一度遊びに来いと言われてたんだ。まぁ、それは叶わなかったが」

「この手紙、借りてもいいか?」

「それはいいが、条件がある」

「条件?」

「あぁ。その鍛冶場に行くときは俺も連れて行ってくれ。ゲンシンさんも兄貴もいなくなったが、どんな場所で鉄を打ってたの見てみたい」

「分かった。場所の特定に少し時間が掛かるかもしれんが、判明したらまた来る」

「あぁ、頼むよ」

「それと、もう一つ聞いていいか?」

「なんだ?」


 俺は、豹が言っていた噂の真偽が気になっていた。

 ついでに聞いておきたい。


「アンタ、いつもは農具やらを作ってるんだろ?」

「あぁ、そうだ。桑に鎌、鋏なんかも作れるぞ」

「武器は?」

「……え?」

「武器は作ってないのか?」

「……、アンタ、それを何処から聞いた?」

「作ってるんだな?」

「……、あぁ。こんな町で農具なんかだけを作っていても食っていけん」

「そうか。これは別件での頼みなんだが、俺達に協力してくれないか?」

「は?」

「最初に言った通り、俺達は蒼狼と事を構えている。今後は大きな戦闘も起きる。武器や防具の製造、修理が出来る職人を増やしたいんだ」

「……、破様のお陰で今がある。あの方の許可なしで、勝手な事は出来ない」

「なら、破のオッサンの許可が出れば合流してくれるか?」

「それは……、破様の許可がとれるなら……」

「よし、とりあえず今日は御暇する。ゲンシンの鍛冶場の場所が分かったらまた来るよ」


 俺はそう言ってカースの元を後にした。


「ジムグリ、俺がお前にお願いしたい事は分かるな?」

「はい!まずはカースさんの手紙を手掛かりに、蛇を使って鍛冶場の特定。それと、カースさんの合流許可を破様に取り付ける。この2点ですね!」

「そうだ。まずは豹にこの事を報告してくれ、最速でな」

「承知しました!」


 ジムグリはニッコリと笑い、そのまま姿を消した。


「なんか、上手く行き過ぎな気がするんだけど……」


 エルウィンは眉をひそめる。


「何か起きた時は、その場で対応するから大丈夫だ。それより、数日はカースを見張るぞ」

「なんで?」

「アイツがどんな武器を作って、何処に納めてるのか、気になるだろ?」

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