第27話 襲撃と思惑

「では、今日の座学はここまで。午後からはイン殿の指揮のもと、模擬戦を行う」


 シロはそう言って講義室を後にした。

 まるで大学の教授か何かになった気分になる。

 シロが教えているのは、中隊長以上の指揮官に対しての兵法の講義だ。

 これは週に3回。

 分隊長、小隊長の教育は寅が行っているのだが、より高度なものはシロの担当になった。

 寅ではどうしても感覚的な話になりやすく、ハッキリ言って説明が下手だ。

 シロは理路整然と説明し、細かい質問にも的確に返答できる。

 兵法の教官として適任と言える。


「シロ殿、相変わらず分かりやすい講義で助かる」


 講義室から出てきた寅がニッコリと笑いながら言う。

 何を隠そう、寅自身もこの講義を受けている受講生の1人だ。

 兵士を育ててはいるが、実戦経験が乏しいのがファン陣営の最大の難点。

 つまり、大局勘と言うのもが養われていないのだ。

 これは、現場で指揮をする司令官としては致命的と言える。

 それを補うための座学なのだが、それも頭に入れただけでは意味がない。

 実際に現場で使えなければならないのだ。

 その為、シロの講義が終わった午後に模擬戦をやる。

 しかも、みっちりとだ。

 状況に応じた兵の動かし方を頭だけでなく、身体に叩き込むのだ。

 内容は単なる紅白戦なのだが、蛇のメンバーも含めてお互いに戦う。

 勝敗が決した所で、それを見ていたシロ、もしくはタイパンが総評を述べ、そこから細かいダメ出しが始まるという形だ。

 寅はそれを楽しんでいた。

 蛇がいない時期の訓練から考えると、別次元のように有意義な訓練になっている。

 そこからの兵士達、指揮官達の成長は本当に著しい。

 寅は心から蛇に感謝している。


「そんな事はありませんよ。皆さんが熱心に学んでくれいているからです」

「アイツ等は俺に似て、頭は良くない。飲み込みがいいのはシロ殿やタイパン殿のお陰だ」

「寅将軍、シロ殿をナンパですか?」


 講義室から出てきた指揮官達がニヤニヤと笑いながら言う。


「何を言うか!お前等の様な出来の悪い生徒の面倒をみてくれているお礼を言っておるのだ!」

「そのの中には当然、将軍も含まれてますよね?」

「貴様等!」

「ギャハハハ!」


 何とも仲のいい人達なのか、シロは感心していた。

 軍とは上下関係を重要視し、このような軽口を上官に向かって言えるものではない。

 王国軍では御法度だろうが、ここはそうではない。

 何よりも、仲間意識が高い証拠だ。

 シロはこれはこれで、この軍隊の強みになると思っている。


「全く……、仮にも俺は最高司令官だぞ……」


 冗談を飛ばし、笑いながら歩いて行く部下達を眺める寅。

 その顔は穏やかで、発している言葉とは真逆の印象だ。


「良いではないですか、最高司令官が慕われるのは隊として強みになります」

「一長一短ですよ。硬い鋼は折れやすく、柔らかい鋼は曲がりやすい」

「なかなか深い事を仰る」

「これでも、黄様の傍で色々な奴を見てきましたからな」


 寅は誰よりも黄を信頼し、忠義を尽くしている。

 これだけの大所帯になるまで、黄を支えていたのは紛れもなくこの寅だろう。


「それを理解していらっしゃるのであれば、この隊は負けやしませんよ」

「必ず勝つ。命に代えても、という奴ですな」


 寅がそう言った笑った瞬間、突然警鐘が鳴り響いた。


「敵襲!敵襲!」

「敵襲だと!?」

「寅殿、すぐに動ける部隊を現場へ!我々は情報を」

「相分かった!」

「寅殿!」


 走り出そうとした寅を止めるシロ。


「何か?」

「貴方が前線に行ってどうするのですか!貴方は私と共に司令部へ!部隊派遣は部下に命令してください!」

「しかし……」

「貴方は最高司令官なんです。その職責を果たしなさい」

「……、相分かった」



「状況は?」

「西側の門で小競り合いが発生、蒼狼ツァンランの手の者かと」


 シロは司令部に着くなり、蛇の1人に訊ねた。


「数は?」

「50弱です」


 シロは少し考えた後、蛇への指示を決めた。


「待機している兵士の中隊ごとに蛇を1人ずつ配置させなさい。兵士全員に完全武装を指示」

「承知」

「シロ殿、小競合い程度で完全武装など……」

「アレは恐らく陽動です。本命はインによる指揮官クラスの暗殺であると推測します」

「なるほど。対応はシロ殿にお任せ致す」

「全兵士は単独行動を自重し、最低でも小隊規模での行動を徹底。決して孤立しないように通達」

「了解!」


 寅はシロに全権を丸投げしたが、そうしてくれた方がシロとしても助かる。

 ここで兵力を削られる訳にはいかない。


「しかし、何故中隊ごとに蛇を1人つけるのだ?」

「先程も言った通り、恐らく狙いは指揮官の暗殺。蛇が1人いれば隠が襲ってくるのを察知できます」

「なるほど、奇襲でなければ被害も少なくそれぞれで対応できる。そういう事か」

「その通りです。この様な事も想定していましたので、各中隊は担当の蛇に従うように徹底して頂きたい」

「承知した、通達しておく」


 これならば、被害は最小限に抑えられるだろう。

 恐らく、玉砕覚悟の作戦だ。

 シロはこの襲撃の事ではなく、全く別の懸念をしていた。

 隠が玉砕覚悟という事は、それはつまり……。

 表情はいつもと変わらないが、何か考えている様に見えるシロ。

 寅には、シロの懸念など露とも分からなかった。

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