第25話 合理的な賭け

イン、調子はどうだ?」


 俺はシロを引き連れて寅が兵士達の訓練を行っている街へ出向いた。


ファン様!」


 寅は跪いて俺を迎えてくれる。


「その挨拶はそろそろ辞めてくれ」

「何を言いますか!」

「形式ばらなくていい。俺とお前は幼い頃からの仲ではないか」

「そうもいきません。何処で部下たちが見ているか分かりません。私が黄様に忠誠を誓っている姿を見せなければ、兵士達も規律を重んじなくなります」


 生真面目だ。

 その辺りは豹とよく似ている。

 それに、寅の言う事も筋が通っているので、これ以上の反論は避ける事にした。


「分かった分かった」

「それより、この様なむさ苦しい場所までお出で頂き、恐縮です」

「なに、兵士達の様子も見たかったからな。それより、攻城戦を見越した訓練は進んでいるか?」

「はい。主に西都周辺の街を仮想攻撃目標と設定し、訓練を繰り返していますが……。一番の問題は、西都とその周辺の街の城門の上に設置された投石機アクセラレータですね。その威力がイマイチ掴めない為、どう訓練すればいいのか……」


 投石器。

 西部の主要都市に設置された特殊な兵器だ。

 河川の水の力を用いて石を飛ばすものらしい。

 川の流れが数基の水車を回し、その力を歯車で伝え、射出口の円盤を高速回転させる。

 直径20センチ弱の大きさに統一された石を、高速で回転する円盤が射出する造りだと言うが、その威力は予測できない。

 話には聞いた事があるが、実際に使われたのは100年程前で、その時の記録も残っていない。

 城門の上にそれだけの大きな仕掛けを作っているのだ、かなりの脅威になるとは思う。


「よい、通常通りの城攻めを学ばせろ」

「投石機は我々がどうにかします」

「シロ殿、お頼み申す」


 寅は深々とシロに頭を下げた。


「お辞め下さい、寅殿。これは我々の任務、寅殿の手勢には出来る限り無傷のまま街へ入って頂きたい」

「速さだ。我々は数で劣る。ならば、速さで勝負をするしかない」

「黄様、攻城戦の訓練は良いのですが、これは蒼狼の首を取る為の攻城戦なのですか?」


 なかなか鋭い質問だ。

 私の中で攻城戦を想定しているのは2つ。

 奴等は前日潰した研究施設の後継となる施設を既に作っている筈だ。

 その施設の特定にまでは至っていないが、どうも何処かの街の中にあるようなのだ。

 つまり、潰すには城壁を超える必要がある。

 そして、もう1つは蒼狼との直接対決。

 これは西都での決戦になると思われる。


「しかし、攻城戦を2回もやるとなると、やはり兵力が足りなくなるだろうな……」

「ですな、そこはやはりどうにもなりませぬ……」

「……、では、1度で済ませると言うのはいかがでしょうか?」

「1度で済ませる……?」


 シロがまた変な事を言い出した。

 しかし、実現可能な事しか言わないのがシロだ。

 何か策があるのだろう。


「どうするんだ?」

「言うは易くなのですが、蒼狼は自信を魔王に作り変える事を企んでいます。それには、実験施設で何かしらの儀式を行う必要がある。つまりいつか必ず、蒼狼は実験施設に現れます。そこ狙うのです」

「なる程。わざわざ西都に陣取ってる蒼狼を狙うのではなく、出てきた所を叩く訳ですな」

「いかにも。これならば、1度の攻城戦で全てが終わります」

「その代わり、その1回を失敗すれば、王国自体が終わると……」


 なかなかの賭けだ。

 しかし、それ以外に勝機はない。


「まずは研究施設の特定を急がせます」

「そうしてくれ、シロ。どの街なのか分かれば、布陣を考える事も出来る」

「問題は、蒼狼側の兵力ですな。魔王軍残党まで相手にする事になれば、それこそ我等に勝機など乏しい……」


 それについては、私に考えがある。

 あるのはあるのだが、それが叶うかどうかは分からない。

 この場で口にするべきか考えていると、それをシロが察した様だった。


「黄様。吠様のコネを頼るのはいかがでしょうか?」

「……、私もそれを考えていた」

「どういう事です?」

「今回目標とする研究施設は、恐らく西都近くの街の中にある筈だ。シロ達が場所の特定に手間取っているのはそれが理由だろう」

「はい。前回は何もない筈の場所が、そこへ向けての人や物の移動が多過ぎた故に掴めました。一番は、タイパン自身が潜入したからですが。しかし、今回は街の中。元々人流、物流の多い場所です。ですので、すぐに特定は難しいかと……」

「ただ、街の中だからこそ、力を発揮出来る者がいる」

「王国軍が街の警備を強化すれば、暗黒種族である魔王軍の残存部隊は街へ入れない」

「なる程!さすれば、我等が相手にする兵力は、元々からの蒼狼私兵。かなり数が減りますな!」

「しかし、王国軍が動いてくれるかが問題だ。上将軍は吠と知り合いらしいが、西部で事を構えるのには消極的と聞いている」

「大きな内乱に発展する事を恐れているのです」

「しかし、手をこまねいていては事態は悪化する一途ですぞ」

「分かっている。私の方から嘆願はしておく。乗って来るかどうかは上将軍次第だな」

「うぅむ……」

「寅、お前はこのまま兵士を鍛えろ。様々な想定での攻城戦を訓練しておけ。シロ、考え得る限りの全ての事象を想定して、寅と訓練内容を考えてくれ」

「御意に!」

「お任せを」


 兵士達は精強になってきている。

 それは訓練の姿を見れば分かる。

 私自身、一兵卒からの鍛えられた経験があるのだ。

 出来れば、彼等と共に前線で大刀ダイトウを振るいたい。

 昔のように、信頼できる仲間達と戦場を駆けたい。

 私は猪武者だ、戦場こそ私の居場所なのだ。

 高い所から指示を出す役回りなど、さっさと吠に代わってもらいたい。

 密かに心に誓った。

 次の戦いでは最前線で戦う。

 組織の権力など全て吠の奴に押し付けてやる。

 生きているのに何年も連絡をしなかったアイツへの仕返しだ。

 私は心の中でニヤリと笑った。

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