第20話 脅威の正体

 地下研究施設への襲撃は成功した。

 村へ潜入して施設について調べ上げたタイパンの手柄だ。

 奴への不信感が無くなったと言えば嘘になるが、その仕事の的確さ、巧妙さ、迅速さには文句はない。

 10人程の部下を与えた甲斐があった。


「どうせ、また新しく研究所を作るだろうが、今回の様なデカい施設はもう用意できない筈だ」


 タイパンはそう言って、次なる研究施設の特定の為、部下を5人だけ連れて西部の闇に潜った。

 任務は確実にこなす。

 タイパンならばすぐに特定するだろう。

 問題はその後。

 次の施設は町中に作るだろうと言うのがタイパンの予測だ。

 人里離れた場所に作れば、今回の様に軍で攻められる事が明確に分かったからだそうだ。

 確かに。

 ただ町中に作れば、それだけ人の目にも付きやすく、警備の配置も限られてくる。

 そんな場所で手間のかかる実験を行えるのか。

 蒼狼ツァンラン直下の街は全部で20程。

 その何処かに施設を作る可能性が高いが、何処もそれなりの規模の街だ。

 こちらが攻めにくくなるのは確かだが、あちら側も動きづらい筈。

 希望的観測ではあるが、しばらくは硬直状態になるのではないだろうか。


パオ、どうした?」


 私が考え事をしていると、シロを連れたファン様がやって来た。

 例の施設の破壊が成功した事で、黄様の心労も少しは軽減された筈である。


「少し考え事を……。しばらくは硬直状態になるかと思いまして」

「御当主、今が好機かと」

「攻めろと言うのか、シロ?」

フェイ様不在の今は、大規模な軍事的行動は避けるべきかと。ただ、蒼狼側の施設を全て洗い出し、虱潰しにすべきでは?」

「確かに、シロの言う通りだ」

「しかし、そうなれば蒼狼側も本腰で動き出すのではないでしょうか?」

「御当主、恐らく既に動いていると思われます。あの施設の破壊はあちら側にとって、かなりの損害。今後は、西方司令部、魔王軍残党も含めた混成軍で襲ってくる可能性が高いかと」

「……、西方司令部を離反させる手を考える必要があるか」

「仰る通りです、御当主。西方司令部は曲がりなりにも王国軍。魔王軍残党よりも御しやすいかと」

「黄様、上将軍閣下のお力をお借りするのが一番かと」

「中央司令部としても、西方司令部はどうにかしたいだろうしな」

「経済面では、フィロー商会が西部にかなり食い込んできています。中央司令部とも連携しているようで、西部の東側4分の1はフィロー商会の縄張りになりつつあるようです」

「ピュート殿は逆境を好まれるからな」

「やはり、御当主のお知り合いでしたか」

「私ではない、吠様だ。西方司令部の牽制に関しては、傍付きになられているサリィン殿にお頼みしますが、よろしいでしょうか」

「分かった。私はインと共に兵力増強に集中しよう。吠だけに頼る訳にもいかんからな」

「先日の研究施設襲撃のお陰で、こちら側についた元老会のお歴々も結束が強くなっております。まだまだ予断を許さない状況ですが、流れは黄様に向いております」

「とは言ってもな。何処で何が起きるか分からないのが戦争だ。寅には攻城戦の訓練もやらせている」

「……、本格的な都市襲撃の演習ですね。今後その様な戦いも起き得るでしょう」

「豹、シロ、お前達も一度演習に参加しろ。蛇との連携が叶えば、攻城戦ですら負けやせんだろう」

「御意に」


 今後に関して一通り話し合った後、私は一呼吸置いて気になっている話を黄様へ振った。


「黄様、蒼狼側が新たに着手した実験に関して、どう思われますか?」

「……、か」


 施設襲撃で憶測の域であった実験の全貌がほぼ掴めた。

 恐らく、

 そんな事が可能なのかは分からない。

 しかし、その実験を進めているという事は、その理論が確立し、手応えいがあったからに他ならない。

 吠様の言っていた「新たな魔王が出現する」と言うのは、この事だったのだろう。

 本当に蒼狼が魔王になったら……。

 王国だけの話では済まない。


にわかには信じ難いが、奴等も何かしらの展望がなければここまで意固地に進める事もない筈だ」

「私もそう思います。方法があるからこそ、進めている……。しかし、どうやって……」


 私と黄様が押し黙った。

 短い沈黙の後、シロがおもむろに口を開いた。


「私は耳長人エルフです。任務では使いませんが、魔法の心得もあります」

「しかし、奴等は魔法ではなく、魔術を使っているのではないか?」

「黄様の仰る通り、魔法と魔術は根幹から異なるもの。一概には言えないのですが……」

「何か知っているのか?」

魔術師ストライゴンは、『世界の真理』に触れる事が出来ると聞きます」

……」

「そこには、過去、現在、未来の全てが同時に存在しているとか」

「その真理を使って蒼狼を魔王化させる、という事なのかもしれんな……」

「真理を使うと言うのもおかしな話ですが、真理絡みとなると、全く有り得ない話ではないかと……」

「シロ、タイパンにその話をしてやってくれ。何か手掛かりになるかもしれん」

「承知、すぐに伝えます。加えてですが、この話は蛇全体に周知させておきます」

「そうしてくれ。黄様、私は吠様の元へ参ります。先程のシロの話を含め、吠様の現状も気になりますし」

「分かった、頼むぞ」

「御意に」


 私とシロが一礼して黄様の元を離れる。

 実際は、吠様の現状が気になると言うのが本音だ。

 ゲンシン殿の遺作を探すと言っても、手掛かりらしい手掛かりもないのだ。

 今は西のヴシ族の集落にいる筈。

 私は少々心を躍らせながら、旅の支度を始めた。

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