第19話 試行錯誤

「全く……、新しい研究室に慣れたと思ったら、また移転……」


 ルーヴが文句を言いながら、書類の詰まった鞄を机の上に置いた。

 これで2度目の拠点移動だ。

 実験が本格的な段階になると、必ず邪魔される。

 しかも、あの大きい地下施設の中でも、僕等が使っている重要箇所が徹底的に潰された。

 完全に内部情報が洩れている。

 こんな状態では、安心して研究など出来ない。


「ルーヴ、この組織ももう終わりじゃないかな……」

「スペリオもそう思う?」

「ルーヴも?」

「うん。今回の件だって、屍喰鬼グールの量産が本格的に始まってすぐだったし、僕等の研究もやっと進みだした時にやられた。敵の間者スパイがかなり深くまで入り込んでると見える」

「同じ見解だよ」


 やっぱり、ルーヴもそう思うらしい。

 しかし、そんな事を気にする僕等ではない。

 また研究が出来る。

 僕等を突き動かすのは「研究がしたい」と言う、研究者の純粋な気持ちだ。

 狭くはなったが、の続きが出来る。

 僕等にはそれだけで十分だった。


「ルーヴ、引っ越し作業が終わったら、すぐに続きを始めよう」

「そう言うと思ったよ、スペリオ」

「人工魔術師ストライゴンは3例中、成功したのは1例。何が原因で他2例が失敗したのかを調べないと、先には進めない」

「目星は付いてるんでしょ?確証が欲しい所だね」

「うん」

「新しいが明後日には届くってフィアットさんから連絡があった。実験はそれからになるかな」

「その間に準備を終わらせよう」


 とにかく、すぐに実験は再開出来るようにしないといけない。

 また襲撃される可能性もゼロではないからだ。

 まずは、人工魔術師の製造確度を上げる事。

 それに成功すれば、きっと本物の実験への光明も見えてくる筈なんだ。

 僕は一層、研究の速度を上げる事を決心した。



「これなんか、丁度よさそうだな」


 俺は気に入った刀を手にした。

 長さ的に、折れたソハヤと同じくらい。

 鞘から抜き、軽く振ってみる。


「重心がちょっと剣先過ぎるな……。抜刀斬りには向かないか……」

「まさかお主、刀の種類も分かっておらんのではないか……?」

「種類……?」

「刀にも種類があるんじゃよ」

「種類?」

「お主が今持っておるその刀は『太刀タチ』じゃ。主に、馬上から振るう事に特化した刀、この世界で言えば三日月刀シミター騎兵刀サーベルと同じだ。柄頭に紐が付いておろう?」

「これか?」


 その紐を触る。


「それは馬上で刀が手から離れた時でも、地面に落ちぬ様に腕に通しとく為の紐じゃ」

「なる程、よく出来ている」

「馬上で扱う為、刀身は長めに出来ておるが、なかごは短い。基本的には片手で扱うものだからな。左手で柄頭を握り、両手で振るったりすれば、場合によっては柄が真っ二つに折れるやもしれん」

「それは分かったが、何が言いたいんだ?」

「お主の刀は特殊じゃ。長さから言えば『太刀』だが、作りとしては『打刀ウチガタナ』じゃ」

「『打刀』?」

徒歩カチ、つまり歩兵としての戦闘を想定した刀じゃ。『太刀』よりも短く、両手で扱う事を見越して、茎も長くなっておる。その為、目釘の数も2つ以上のものが多い」


 そう言って、爺さんは1振りの刀を俺に渡す。


「反りも『太刀』より浅く、重心は柄に近くなっておるじゃろ?その方が両手で扱うには都合がよい」

「確かに。バランスとしては『打刀』の方がソハヤに近いな」

「このソハヤの作者は、お主とも知り合いか?」

「そうだが?」

「ほほぉ、つまりはお主用に『大振りの打刀』を作った訳じゃな」


 つまり、俺専用の刀だった訳だ。

 道理で手に馴染む筈。


「俺用の長さの『打刀』は作れるか?」

「作れなくもない。今からじゃと、素材はあるでな、2週間程で出来るが……」

「案外早いな」

「馬鹿を言うな。お主の手癖やらを知らん。作れはするが、お主の納得いくもんが出来るとは限らんぞ。その調整まで含めれば早くて半年」

「は?」

「お主も儂も納得いくモンを作るとなると、それくらいは必要になる」

「マジか……」

「まずは、このソハヤを模倣して1振り作ってやる。しばらくはそれを使え」

「分かった、助かるぜ」


 まずは、代用の刀を作ってくれるらしい。

 それはそれで助かる。


「しかし……、ミーケ派はヘーヤァンキョーの時代じゃった筈……。『打刀』を知らん筈では……?まさか、こちらの世界で考え付いたのか……?」


 何やら爺さんがブツブツと言いながら奥へと消えていった。

 俺には皆目分からないが、とにかく代わりが見付かれば、それを携えてゲンシンの遺作探しに戻れるだろう。

 俺と爺さんの話の傍で、かなり前から眠りに落ちていたエルウィンを起こし、鍛冶屋を後にした。

 

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