第15話 折れるものと折れぬもの

 俺は呆然と立ち尽くしていた。

 さっきまで笑って話していた同期達が、今は物言わぬ死体となって地面に転がっている。

 これが戦争なのかと痛感した。

 ダイルは行方不明だし、バルグは俺の目の前で死んだ。


「生きてる奴は集まれ!」


 教官が叫ぶ。

 空は段々と白んできている。

 教官の元に集まったのはせいぜい50名くらい。


「だったこれだけか……」

「教官、負傷者を含めると500弱です」


 負傷者の救護に当たっていた同期の狼狗人ウェアウルフが言う。

 彼は確か、ナオと言ったか。

 同期の中でもかなり頭がいい上に、王国軍ではないが軍経験者でもあるらしい。

 衛生兵メディックとしての知識もあるようで、今は全身血塗れだ。


「徹底的に叩かれたな、クソ……。軽傷者の数は?」

「100名もいません。300名程は腕なり脚を失っています」

「回復したとしても全部で150弱か……。休暇申請で外出している奴が500人程いるが、この事態を聞いて素直に帰って来るとは思えんな」


 元々、村に所属していた兵士は全部で1万弱。

 休暇で村から離れていた500人を差し引いても、9000ちょっとは村にいた事になる。

 それが、今や生存者が500弱。

 そこ2時間くらいの戦闘で、8000の命が消し飛んだのだ。


「敵の死体は?」

「今の所、見付かっていません。しかし、ここを攻撃するとなると、敵は王国軍ですか?騎兵も歩兵も、練度はかなりのものだったように思えます」

「いや、軍ではない。奴等の装備を見たが、統一してはいたが王国軍の物ではなかった」

「では……」

「とにかく、負傷者は近くの町へ送る。それ以外はこの場で待機。再編成を待て」


 俺達は何と戦っているのか……。

 そんな事すら教えられていない。

 最後に見た、一糸乱れぬ騎兵の動きが脳裏に焼き付いている。

 バルグが敷いた陣は、素人目にも悪くはなかったと俺は思う。

 しっかりと直槍スピアを並べ、簡単には抜けられない様に見えた。

 しかし、バルグは真っ先に殺され、陣も崩れ、1騎も討ち取る事が出来ないまま逃げられた。


「ダイル……、何処行っちまったんだよ……」


 俺はバルグの死体の近くに座り込んだ。


「ピーク、ここは良いから少し寝ろ。死体は掃除屋が来る」

「教官……」

「まさか、バルグは死ぬとはな……」

「ダイルがいないんです……。死体を探してやらないと……」

「ダイルもか……。とにかく、お前は生き残ったんだ。少し休め。仇を取るためにな」


 教官はそう言って、バルグの首下がっていた認識票ドックタグの片方を取り、俺に渡してくれた。


「仇……」


 俺はバルグの認識票を握り締めた。



「状況報告!」


 合流地点でインが叫ぶ。

 1人が寅の元へ走り寄ってきた。


「歩兵、死者74名、負傷者、87名。内、重傷4名。騎兵、死者2名、負傷者24名、重傷なし。遺体は全て回収済みです」

「施設の破壊状況は?」

「それは私が」


 騎兵隊長が地図を広げた。

 俺やパオ、タイパンもそれを覗き込む。


屍喰鬼グールの養殖関連の区画は全て破壊完了出来ています。また、の関連区画も8割方破壊出来ているかと」

「上々な戦果じゃないか」


 こちらの損失から考えれば大勝だ。

 ここまで上手くいくとは思わなかった。

 合流地点で待っていた寅が兵士達に指示を飛ばす。


「重傷者と遺体は用意した荷馬車に積み込め。騎兵はこのまま帰還。負傷して歩けない歩兵は騎兵に乗せてもらえ。その他の歩兵はそのまま帰還しろ」

「了解」


 兵士たちがテキパキと撤収している中、俺は地面に座り込んだ。


「大丈夫ですか、フェイ様」


 豹が心配そうに駆け寄って来る。


「何とかな」

「吠様のお傍にいながら、これはどういう事だ、タイパン!」

「俺のせいなのか?」


 流石にタイパンが可哀想だ。


「待て、豹。俺がルインと対峙して、気張り過ぎただけだ。タイパンは良く働いた。責めるな」

「しかし……!」

「それより、これが……」


 俺は半分くらいの長さになったカタナを見下ろした。


「折れてしまったのですね……」

「いい刀だった……。無茶な使い方をしちまった。ゲンシンのじっちゃんに申し訳ない……」


 ゲンシン。

 この刀の作者だ。

 時空放浪者ベイグラントだったゲンシンと会話をしたことはなかったが、俺が使いやすい刀を作ってくれた。

 それが今、折れてしまった。


「替えはないのかい、主殿?」

「ある訳ないだろうが、馬鹿が」

「俺に対して冷たすぎやしませんか、御当主?」

「私はお前が好きではない」

「酷ぇ!可愛い部下でしょう!?」

「それはそうと」

「流された!」

「ゲンシン殿もいない今、長剣ロングソードに戻るしかありませんよ、吠様……」

「長剣か……」


 正直、長剣は好きではない。

 だが、背に腹は代えられない。


「タイパン、しばらく暇か?」

「まぁ、潜入も終わったし、時間はつくれますぜ」

「だったら、俺の剣の相手を頼む。長剣を使うのは久々だからな、馴らす必要がある」

「了解だ、主殿」

「吠様」


 俺がタイパンと稽古の日取りを決め始めた時、豹が間に入ってきた。


「何だ?まさか、タイパンとの稽古に反対とか言い出すのか?」

「いえ、そうではなく……。ゲンシン殿は亡くなる前に、自らの工房に籠りっきりでした」

「元々そうだろ、あのじっちゃんは」

「それが、鍛冶職人を集めて何やら試作を繰り返していたようで。刀だけでなく、大刀ダイトウなども試作していたような……」

「って事は、替えになる刀があるかもしれないって事か」

「今回の襲撃で、しばらく蒼狼ツァンランも動けないでしょう。ゲンシン殿の刀を探す時間くらいはあると思います」

「そうだな。試作で何本も作ってたなら、それを全部貰おう。なくて困る事はあっても、多くて困る事はないだろ」

「では、私がゲンシン殿について調べてみます。業物わざものが残っている可能性もありますの」

「お、頼む」


 こうして、ゲンシンの遺作探しが始まった。

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