第14話 深更の白星

 ルインは防戦一方だった。

 俺の攻撃を全て受け流し、躱している。

 防御に集中されると、やはり致命傷を与えるのが難しい。

 タイパンはルインを軽く見ているが、曲がりなりにもイン頭領リーダーだ。

 その戦闘能力は決して低くない。


「逃げてばかりじゃ俺を殺せないぞ、ルイン」

「今考えてる所だ、邪魔するなよ、フェイ坊ちゃん」

「その呼び方は辞めろ。もう30も超えた。立派なオッサンだ」

「だったら俺は爺さんになっちまう」

「違いねーだろ?」


 お互い会話が出来るくらいにはまだ余裕がある。

 しかし、俺には時間制限があるのだ。

 いつまでも遊んでいる場合ではない。


「少しはやり返したらどうだ?長引いても身体に毒だぞ?」

「年寄り扱いするなよ坊ちゃん。魔力で人の域を超えてる坊ちゃんの方が、身体に堪えてるんじゃないのかい?」


 ルインの指摘は正しい。

 魔力による増強エクステンドは身体への負担が大きい。

 エルウィンからも使い過ぎには注意しろと言われていた。

 しかし、それでも決定打を与えられないのだ。

 俺自身、ルインを舐めていた。

 剣先はルインに届いているが、どれもかすり傷程度の軽微なダメージしか与えられていない。

 俺は一度間合いを取った。


「もう終わりかい、坊ちゃん?」

「その呼び方は辞めろ」


 そう言って俺は深呼吸しながら、一度納刀した。


「坊ちゃんだったんだろ?冒険者ガルってのは」

「あぁ、そうだ。今まで気付かなかったのか?」

「アンタは死んでるモンだと思ってたからな。わざわざ死体まで用意してあったわけだ。逃がしたのは先代か」

「俺もよく分からん。気が付いた時には東部にいたからな。誰の手引きだったのかも全く」

「まぁ、よくも生きててくれたもんだ。蒼狼ツァンランはまだ気付いてない。まぁ、俺が戻れば報告するんだがな」

「ルイン、お前は何故、蒼狼に加担する?元はお前も先代を慕っていたじゃないか」

「出資者が蒼狼だからだ。それ以外にない。蒼狼よりも高い金を払ってくれるなら、いつでもお前達の味方になるぜ?」

「フン、生憎、既に間に合ってんだ。お前等はこのまま蛇に括り殺されろ……」


 柄に右手を掛けたまま、俺はもう一度地面を蹴る。

 魔力で脚力増強。

 ルインが身構えた所を確認して、俺は抜刀せずに右手に投げ小剣ナイフを取り出し、ルインに投げる。

 数は4。

 ルインは慌てて、2本を避け、1本を短剣で叩き落す。

 残りの1本がルインの肩に刺さる。

 鞘を握っていた左手をそのまま突き出す。

 カタナの柄頭がルインの鳩尾にめり込む。

 ルインの身体がくの字に曲がる。


――いける。


 俺は抜刀しながら、斬り上げる。

 金属の弾ける音がした。


「何だと……?」


 ルインは生きていた。

 短剣を両手で持ち、俺の剣筋を防いでいた。

 何よりも、俺の刀は半分くらいの長さになっている。

 先端は俺の頬をかすめて、背後の水槽を粉砕していた。


「刀の方が先に耐えれなかったか……」


 ルインは苦しそうに笑った。

 しかし、柄頭での突きが効いている。

 かなりの手応えがあった。

 肝臓の一部は破裂している。

 しばらくは動けない筈だ。

 短剣程度の長さになった刀でルインの首を斬ろうとした。

 大きな爆発に伴う揺れがそれを阻んだ。

 タイパン達の破壊工作が遂に始まったのだ。

 咄嗟に刀を突き出す。

 それを防ごうと、ルインは左手を突き出す。

 刀はルインの左掌を貫通した。


「ぐっ!」

「主殿!時間だ!」


 タイパンが戻ってきた。


「クソ!」


 俺は左手で投げ小剣を投げならその場を去る。

 背後でルインのうめき声が聞こえた。


「すまん、タイパン。ルインを殺し損ねた……」

「問題はない、主殿。今回の主目的は施設の破壊だ。ルインなんていつでもれる。それより、顔色が悪い。大丈夫なんですか?」

「少々気張り過ぎたな……」

「主殿、御免」


 タイパンはそう言って俺を抱っこした。

 何故この場で、ガタイのいい男からお嬢様抱っこされなければならないのか。


「タイパン!?」

「主殿、まだ無理する時期じゃない。主殿を失えば、今のファンさんじゃ支えきれない」

「だが、俺は走れるぞ!」

「だから、無理をするなと言ってるんです。少しは仲間に甘えて下さいよ」


 そう言ってタイパンは笑う。

 俺を抱っこしたまま、全速力で来た道を戻る。

 すぐに馬を繋いでいた場所に着いた。


「俺とのは嫌でしょうが、少し我慢してくださいね」


 そう言ってタイパンは俺を抱きかかえる様にして馬に跨る。

 俺が乗ってきた馬を引いて走り出した。


「歩兵は既に退いている時間だ。後は騎兵が全速力で離脱するだけです」

「施設の破壊状況は?」

「全体の6割ってとこでしょうが、主要な箇所は全て破壊出来ている筈。合流地点で状況確認を」

「分かった。とにかく飛ばしてくれ」


 地下施設を出て、地中道トンネルを走る。

 バラバラではあるが、突入した他の騎兵たちも出口に向かっている。


「密集陣形を取れ!出口で待ち構えてる可能性もある!」

「はっ!」


 散在して走っていた騎兵たちが、タイパンを先頭に4列の長蛇の陣形を取る。

 数にして40くらいか。

 タイパンが片手半剣バスタードソードを抜くのに合わせて、全員が抜刀した。

 出口が見える。

 やはり、歩兵がやり損ねた兵士たちが20人程集まっていた。


「来たぞ!槍構え!」


 1人の体格のいい黒醜人オークが指示を飛ばしている。


「ハッハッハ!ありゃバルグじゃねーか!流石、魔王軍残党なだけはある」

「知り合いなのか?」

「訓練兵の同期で、仲の良かった奴ですよ。お?ピークもいるな」

「突破出来るか?」

「こっちの騎兵は精鋭中の精鋭ですぜ。たかが23人の横陣なんて突破出来ますよ」


 タイパンはそう言って片手半剣を逆手に持ち替え、振りかぶった。


「楽しかったぜ、バルグ」


 小さく呟くとタイパンは片手半剣を投げる。

 一直線にバルグの喉へ突き刺さった。

 それを見た兵士たちは慄き、陣形に綻びが生まれる。

 タイパンはその綻びに突入し、出口を塞いでいた横陣はいとも容易く騎兵達に踏みしだかれた。


「このまま合流地点まで走るぞ!」


 いつの間にかバルグの喉から引き抜いた片手半剣を、高々と上げてタイパンが叫んだ。

 作戦時間にして、2時間にも満たない地下施設への襲撃は、黄の派閥にとって初めての勝利となった。

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