第13話 忌々しき対峙

「ここは……、何だ……?」


 俺とタイパンは施設の中を歩いていた。

 馬から降りて20分程歩いている。


「俺もここに入るのは初めてだ。この辺りからは屍喰鬼グールの量産施設の筈だ」


 周りには不気味な光を放つ水槽がいくつも並んでいる。

 その小型の水槽には何かが漂っていた。


「なんだ、これ……」


 近付いて眺める。

 何とも見た事のある気がする。


「主殿、コイツは睾丸だ……」

「睾丸……、つまり精巣ってことか?」

「あぁ、間違いない……」


 どの水槽にも2つずつ入れられ、精管は水槽の奥へと伸びている。

 何の為か、俺には何となく分かってしまう……。


「主殿、こっちは卵巣だ……」


 向かい合った壁側には同じ様に水槽が並んでいる。

 こちらには卵巣が入れられ、卵巣の下には透明なチューブが伸びている。


「侵入者!?」


 俺達が入ってきた扉とは反対側から中に入ってきた奴が叫んだ。

 一瞬でタイパンが取り押さえる。

 何の抵抗も出来ずに組み伏せられたソイツは、白衣を着ていた。

 どうやら研究者の様だ。


「お前等、何処から入った!」

「正面だ。外の状況が分かってねーのか?」


 タイパンが研究者の首元にナイフを宛がう。


「その声……」


 俺には聞き覚えがあった。

 研究者に近付き、顔を覗き込む。


「あぁ、やっぱりか」

「お前!」


 ソイツは屍喰鬼が溢れ返った村で捕らえた研究者の1人だった。


「確かお前……、スペルマだっけ?」

「ふざけんな!そんな下品な名前じゃない!お前が言いたいのはスペリオだろ!それと、それは俺の相棒の名前だ!俺はルーヴ!」

「そうか、ルーヴの方か」


 ニッコリと笑った俺は、ルーヴの首を締め上げながら持ち上げる。


「じゃあルーヴ、質問だ。?」


 喋れるくらいに手を緩めてやる。


「何って……、精巣と卵巣だ……」

「んなの見て分かる。何に使ってるかって事だ」

「グッ……」


 言いたくない様だ。

 仕方ないので、俺の推察を話す事にした。


「お前等、屍喰鬼の量産を開始したみたいだな。大量の餌が必要だろ?これはその餌の確保用なんじゃないか?貧民窟スラムで種族関係なく男女を拉致し、生殖器官のみを取り出す。取り出された本体は先に餌。取り出した生殖器官はここに保存してる」


 俺が話している間、タイパンは水槽を眺めていた。


「主殿、生殖器官だけを保存する意味は?」

「簡単だ。何らかの信号を送れば、ここの精巣と卵巣はそれぞれ精子と卵子を作り出す。コイツ等はそれを回収して人工的に受精させ、育てる。何らかの魔法なり魔術を使う事で成長を促進させ、餌を成長させるんだよ」

「なる程、それを使って屍喰鬼を育てるのか」

「正解か?ルーヴ」


 ルーヴは悔しそうに顔を歪める。


「お前等の研究は、どれもこれも胸糞悪くなる……。あの時殺しておくべきだった……」

「主殿、時間がない。コイツ諸共、ここを破壊しよう」

「言われなくても」


 そう言って、俺はルーヴを投げ飛ばした。

 ルーヴが衝突した水槽のいくつかが割れ、中身が流れ出す。


「僕等の研究は崇高なものだ……。お前等の様な下等生物に理解などできない!!」


 そう叫んだルーヴは、手の中に持っていたボタンらしき物を押した。

 けたたましい警報サイレンが鳴り響く。


「チッ、急ごう、主殿」


 馬で入ってきたが、警報を鳴らされない様に注意してきた。

 それがここで鳴らされてしまった。

 あのまま首の骨を折ってしまえばよかった。

 しかし、後悔してももう遅い。

 ルーヴに向かって投げ小剣ナイフを投げた時だった。

 黒い影が目の前に現れ、俺の投げた小剣を弾く。


「なっ!」

「ルーヴ、逃げろ!」

「はっはっは!久しぶりじゃねーか!」


 突然現れた黒い影の正体はルインだった。

 タイパンは嬉しそうに笑っている。


「またり損ねた……」


 俺は苦虫を嚙み潰した。

 あと一歩で、いつもルーヴを殺し損ねる。

 今回は完全に俺の失態だ。


らせはせん、アイツにはまだ働いてもらわねーとな……」


 ルインは短剣ショートソードを握り直す。


「主殿、コイツは俺にやらせてくれ」


 タイパンは楽しそうな笑顔で短剣を抜いた。


の雪辱を果たさせてもらう」


 ルインがタイパンに向き直す。

 いつ始まってもおかしくない。


「少しは鍛えた様だな、ルイン。だが、まだまだだ」

「黙れ、タイパン。貴様はここで俺が殺す」

「待て、タイパン」


 俺はタイパンを制す。


「なんだよ、主殿」

「お前は施設の破壊に専念しろ」

「あ!?主殿、何言い出して……」

「施設内の事はお前の方が詳しい。何処を破壊すべきかはお前の方が分かっているだろう」

「しかし、主殿は」

「俺はコイツを殺して逃げる。逃げ道くらいは分かるからな」

「……」

「行け、タイパン。これは命令だ」

「……、承知……」


 タイパンはそのまま短剣を納め、部屋を出て行った。


「俺を殺すだ……?貴様、俺を舐めているのか?」

「ゴチャゴチャうっせーんだよ、俺は今、胸糞悪いんだ!」


 地面を蹴る。

 軸足に魔素オドを溜め、一気に噴出させるイメージ。

 エルウィンとの訓練の賜物だ。

 こういう使い方なら、魔術だって俺にも使えるのだ。

 それによって、常人では到達できない速度を、たった一歩で実現する。

 それと同時に抜刀しながらルインに斬りかかる。

 音速を超えたカタナの剣先が、唸りながらルインに襲い掛かった。


「何だと!?」


 ルインは咄嗟に軽く飛び上がりながら、短剣で俺の刀を防ぐ。

 金属が擦れある音が響き渡る。

 刀の勢いを空中で全て受け止めたルインは、そのまま後方へ吹き飛んだ。


「貴様!ホントに人間ヒュームなのか!?」


 ルインはすぐに立ち上がり、短剣を握り直した。


「人間だよ、列記としたな……」

「その抜刀術は人間の域を超えてる……」

「魔術をちょっと齧ったからな」

魔術師ストライゴンが剣術だと?笑えねーよ!」

「お前もやるじゃないか。地面に足を着けた状態でさっきの攻撃を短剣で受け止めていたら、短剣が折れていただろうな。瞬時の判断で飛び上がって空中で受け止めたのは正しい」

「良く喋るじゃないか。剣術師範にでもなったらどうだ?」


 確かに、こんなに喋るのは自分自身でも意外だ。

 頭に血が上っていたのは確かだが、一定を越えてしまえば逆に冷え切ってしまう様だ。


「俺はヤクザだからな、それは無理だ。所で、そろそろ気付いてんだろ?ルイン」

「生きてはいると思っていたが、まさか魔術が使えるようになってるとはな……、フェイの坊ちゃん……」

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