第4話 余剰と切迫

「少しは使えるようになったか、ルイン」


 蒼狼ツァンランが俺に話し掛けてきた。

 ここは、俺がいつも隠の予備人員を育成するために使っている廃村だ。

 今育てているのは、他でもない屍喰鬼グールだ。

 試験的に養殖したの300匹の中から、50匹を選抜し、諜報員として鍛えている。

 訓練開始から既に1ヶ月が経過したが、まだまだだ。


「まだ基礎の基礎しか教えていない」

「屍喰鬼は知性も身体能力も高い。そのくらいは軽くこなせるのではないか?」

「あのな……。コイツ等は生まれて2ヶ月も経ってない赤子同然なんだぞ?知性も身体能力も発展途上。いくら促成栽培で成体に近いとは言っても限界がある」

「しかし、悠長にやっている暇などないぞ」

「訓練の強度を上げれば、それだけが出る。貴重な先行ロットが勿体ないだろうが」


 そう、いくら屍喰鬼が頑丈だからと言って、無理をさせれば壊れる。

 既に10匹近く訓練で死んでいるのだ。

 単純計算であと3ヶ月訓練するとすれば30匹は死ぬ。

 残るのは20匹。

 まぁ、選抜の初期人員にはちょうどいい数かもしれんが、如何せん相手は蛇だ。

 蛇の総数すら掴めていないのに、出来立てホヤホヤの20匹をいきなり前線投入など出来ない。

 最低でも100匹以上でなければ組織として成り立たないし、損害も大きくなる。

 焦る蒼狼の気持ちも分かるが、もう少し辛抱して欲しい。


「ルイン、養殖が完了した屍喰鬼の中から好きなだけ引き抜いて構わん。とにかく、隠に代わる、隠を超える組織を作れ」

「言われなくても分かってるよ」

「まずは10匹でいい」

「あ?」

「屍喰鬼の養殖施設を嗅ぎまわっている蛇がいると言っていたな」

「あぁ、10人前後の部隊だと思う。それに当てる部隊を作れって事か」

「そういう事だ。あそこを潰されたら厄介だからな」

「しっかし、よく見付けたな、蛇の奴等も。優秀優秀」

「敵を褒めている場合か、馬鹿が」

「まぁ、他でもないアンタの頼みだ。先行の初期人員は精鋭に仕上げてやる。その代わり、引き抜く屍喰鬼の数は増やさせてもらうぞ」

「構わん。兵力では我々の方が上だが、情報戦で負けているのが気に食わん。現状をひっくり返せ、ルイン」

「また、無茶な事を平気で言いやがる……」

「自信がないのか?貴様の実力はその程度なのか?」

「煽るなよ。やってやるから、まぁ見てな」


 俺がそう言うと、蒼狼はそのまま去って行った。

 全く、人を焚きつけるのが上手い奴だ。

 お陰でやるしかなくなったではないか。

 とにかく、明日から訓練の強度を上げる。

 最後に10匹程度残ればいい。

 幸い、ここ数日は、コイツ等も物覚えが良くなってきている。

 身体の使い方も沁み込んできた様だ。

 強度を上げても案外生き残るかもしれない。

 しかし、ここまで育て甲斐のある奴等は久しぶりだ。


「スチュワート以来か、この感覚は……」


 俺は小さな圃矮人ハーフリングのガキを思い出した。

 2年程鍛えたが、アイツ程の先天的才能に溢れた奴は他にいない。

 恐らく、パオよりも高い適性だった。

 だからこそ、俺はあのガキが怖くなったのだ。

 このまま育てたら、正しくになると確信していた。


「アイツ、生きてんのか……?」


 複雑な思いだった。

 仮にも手塩を掛けて育てた奴だ、簡単に死なれては虚しいが、生きていたとして、この九龍会の抗争に首を突っ込まれても迷惑だ。

 こちら側とは関係のない所で生きていてくれるのが精神衛生上、一番いい気がする。

 アイツの身体を下手に調べられても困るのだ。

 九龍会と隠が生み出した

 アイツの生まれは特殊だ。

 いや、特殊と言う言葉すら生温い。

 出来れば、二度と関わりたくない類だ。

 

「ぎゃーー!」


 物思いにふけっていると、屍喰鬼の叫び声で俺は現実へと引き戻された。

 どうやら訓練中の事故だ。

 うずくまっている屍喰鬼に近付く。

 どうやら腕が折れた様だ。


「チッ……、何やってんだか……」


 俺はいつも通り、小剣ナイフを取り出した。

 腕の折れた屍喰鬼は、怯えた目をしている。

 俺は少し考え、思い直して小剣を仕舞った。


「見せてみろ」


 屍喰鬼の右前腕が少し曲がっていた。

 俺はその腕を掴み、少し引っ張りながら骨を元の位置に戻す。

 患部を触り、骨の状態を確認した後、添え木をして布で巻いた。


「お前は離脱だ。腕が治り次第、兵卒としての訓練に参加しろ」

「殺さない、の、ですか……?」

「お前等の命は割と貴重なんだよ。分かったらさっさと行け」


 俺がそう言うと、その屍喰鬼は一度頭を下げて去って行った。

 屍喰鬼でなければ、あの場で殺していた。

 しかし、補充も少ない屍喰鬼だ、簡単には殺せない。

 ここでの訓練に耐えれないならば、兵卒として鍛え、兵隊にするのが賢い。

 我ながららしくない育て方だとは思うが、少ない資源リソースは有効に使うべきだ。

 俺は自分自身を軽く鼻で笑いながら、屍喰鬼の訓練を続けた。

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