第3話 事実と真実の違い

「エルウィン、ガルの死体が見付かったらしい……」


 家に着くなり、グローがそう言った。

 ちょうど日が一番高くなる頃、グローは何とも言えない面持ちだった。


「え?」


 ちょうどスゥも起きて、ご飯にしようとしてした。

 全く持って悪い冗談にしか聞こえない。


「ガルの……、死体……?」

「森の中で見付かったらしい。争った形跡もあったそうだ」

「待ってよ……、ガルが、死んだ……?」


 全く現実味のない話だ。

 あのガルが死ぬわけがない。

 何より、誰に殺されるというのか。

 確かに、蒼狼側から見ればすぐにでも殺したいのだろうけど、ガルを殺せるだけの技量を持つ者はいない筈だ。

 隠など問題外だし、そのリーダーや蒼狼自身が動くとも考えられない。

 冒険者などは問題外だ。


「死体は今日の夕方にはこの街のギルドに着くらしい。見に行くか?」

「……、うん。スゥはお店があるでしょ?」

「うん……、けど、ガルに会う」

「分かったわ、大将にはそう連絡しましょう。多分、大将も来ると思うから」


 ガルのものと思われる死体が街に運び込まれたのは日も陰り始めた頃だった。

 小型の荷馬車に乗せられた黒い遺体袋を、2人掛かりでギルドの職員が下す。

 ここはギルドの建物の裏側。

 回収された冒険者の遺体は一度ここに運び込まれ、簡単な検査を経て、葬儀、埋葬される。


「ご遺体の損傷が激しいですが、ご確認なされますか?」


 マスク越しの神妙な顔でギルド職員が私達に訊ねた。


「死後どれくらい経っておる?」

「恐らく、1週間程かと。一部は既に白骨化が始まっています」


 遺体袋からは、特有の腐乱臭が洩れている。

 開ける前から、かなり酷い状態である事が窺える。

 私は足元にいるスゥを見た。


「スゥ、見る?」


 私は恐る恐るスゥに訊ねた。


「エルウィン……」


 スゥは私を見上げて、手招きをする。

 私がしゃがんでスゥに顔を近付けると、ソコソコと囁いた。


「これ、

「どうして?」

「ガルの匂いはこんなんじゃないよ」


 スゥはそう言って首を傾げていた。

 この場には私とグロー、スゥ、大将、ベルベットとその部下である職員2人、そして何故かロブもいる。

 ロブはどうか分からないが、それ以外の全員が、この遺体はガルではないと確信している。

 しかし、一応は知人なので遺体の確認は必要だろう。


「スゥは少し離れててね」


 そう言って私はスゥの頭を撫で、ベルベットに預けた。


「開けて下さい」


 ギルド職員は頷くと、ゆっくりと遺体袋を開けた。

 中から現れたのは何とも無残な遺体。

 顔はめちゃくちゃで、3分の1程が頭蓋骨を剥き出しにしている。

 身体にも無数の傷があり、そのどれもが深く、致命傷級のものばかり。

 その傷口は蛆で溢れかえり、大量の蠅が袋の中から飛び出してきた。


「酷いわね……」

「こんな死体を見るのは久々だの……」

「身体的特徴で個人を見分ける事は難しいかと思います。これをご覧ください」


 そう言って手袋をしたギルド職員が、遺体の首元から不銹鋼ステンレス製の認識票ドッグタグを引っ張り出した。


「ガルさんの認識票です。恐らく、間違いないかと……」

「ガル……、エルウィンちゃん達を置いて、勝手に死んでんじゃねーよ!」


 ロブが泣き崩れた。

 しかし、彼以外は平然とその遺体を見下ろす。

 遺体を直に見て確信した。

 

 だが、ここでガルではないと証明する事も出来ないし、何よりもガル自身が、自分を死んだ事にして欲しいから作り出した遺体なのだ。

 私達は、この誰とも分からない遺体をガルであると認めなくてはならない。

 それが、残された私達への最後の頼みなのだろう。


「もういいです、ありがとうございました……」

「では、納棺致します。ご遺体の状態からして葬儀、埋葬は明日にでも執り行いますが、よろしいでしょうか?」

「はい……。色々とありがとうございました」


 私達は頭を下げてその場を去った。


「ガルめ……、本気で帰って来る気がないと見える……」


 家に戻り、私達3人は食卓に座っていた。


「ガルはもう帰ってこないの……?」


 スゥが寂しそうに呟く。


「そうであろうの。でなければ、自分の遺体を用意などせんであろう」

「全く、自分勝手にも程があるわ」

「ボク、ガルの所に……」

「ダメだ」


 スゥの言葉をグローが遮った。


「スゥ、お前はと言われたのだ。ガルの元へ行っても追い返されるだけだ」

「けど……」

彼奴あやつはお前を巻き込まないために、自分の死体をでっち上げたのだ。理解してやれ」

「……」


 泣きそうなるスゥを優しく撫でる。


「グローはどうするの?」

「もう彼奴とはバディでも何でもない。何処へでも行って勝手に死ねばよいのだ」


 グローはそう言い放って、酒瓶を煽る。


「そう言うエルウィンはどうするつもりなのだ?」


 グローからの急な問いかけに、私は少し戸惑った。

 正直、何も考えていなかった。

 ガルが消えたあの朝から、私はほぼ放心状態だったのだから。

 今後の事など、全く考えていない。


「どうしよっか……。特に何も考えてないのよね……」

「追い掛けると思っておったがの」

「まぁ、行き先は分かってるから、追い掛けようと思ったらいつでも追い掛けられるけど……」


 今の所、そのつもりはない。

 ガルが消えた、まぁ世間的には死んだお陰で、遺された私にはやる事がある。

 ある程度の身辺整理はしていたようだけど、完了している訳ではない。

 グローやスゥにそれが出来るとは思えない。

 結局、そこは私の仕事なんだと半分諦めている。


「なんだ、ロブが可哀想だの。本気で信じておるぞ」

「あの場で信じてたのはロブと職員の2人くらいでしょ。ベルベットさんも素知らぬ顔だったし」

「余計にロブが惨めだな」


 グローはガハハと笑う。

 私は何とも言えない気持ちを抱えたまま、ガルの部屋のドアを開けた。

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