第2話 偽装と捏造

「村にしては人が多過ぎるな」

「警備を兼ねているのでしょう。総勢で1000人前後はいるかと……」

「その全てが訓練を受けた、もしくは受けている蒼狼ツァンランの兵隊か……」

「えぇ、他の村も同じです」


 俺とパオは、木の上に隠れてある村を偵察していた。

 タイパンが報告した、研究施設へと繋がる地中道トンネルの入口があると思われる村だ。


「村って言うより、砦だな」

「元々ここに住んでいた住人達は行方不明です。恐らく、屍喰鬼グールの餌にされたのでしょう」

「だろうな。空になった村は、兵士の訓練所として村全体を簡易的に要塞化したと……」

「不愉快です……」

「全くだ」


 それに加えて、西部の蒼狼配下の村にも兵隊は控えている。

 総勢でどれ程の数になるのかまだ分かっていない。


「豹、蒼狼の兵隊の数がどれだけか、すぐに調べろ」

「1ヶ月前の時点で1万弱でしたが、若干増えたようです」

「それに、見てみろ」


 俺は村の端に方を指差した。


「あれは、黒醜人オーク……」

「暗黒種族の姿も見える。どうも嫌な感じだ。すぐに調べさせろ」

「承知」


 俺達は一旦その場を離れた。

 蒼狼が会長になってから、九龍会は魔王軍とも関係を持っている様だった。

 どんな取引をしているのかは分からないが、争いが続けば続く程、ヤクザの懐は温かくなるのが世の常。

 魔王が倒れた今でも、治安が安定しなければヤクザの仕事は減らない。

 暗に、自分達の収入が減る事を防ぐために、魔王軍残党へ何かしらの支援をしている可能性がある。

 まぁ、治安が悪い方がいいのは冒険者にも言える事だが、敵と手を結んでまで仕事を増やそうと言う輩はいない。

 つまり、蒼狼にとっては、魔王軍残党へはただの支援ではなく、何かしらの協力関係を築いていると考えるのが妥当だ。

 屍喰鬼に関しても、その一環だろう。

 自陣営の兵力強化だけでなく、訓練済みの屍喰鬼を魔王軍残党へ売却する事もあるだろう。

 だが、それで王国が倒れでもしたら元も子もない。

 蒼狼は王国を打倒する事を目的としているのか?

 自分の国を作るつもりなのか……。

 あり得ない話ではない。

 奴の自己顕示欲と支配欲の強さはお墨付きだ。

 王国を潰し、自らの国を作り、魔王軍と取引する。

 奴なら考えそうな事だが……。


フェイ様?」


 木の上を伝い、拠点としている街へと戻る途中、物思いにふけっていた俺に、豹が話し掛けた。


「うん?なんだ?」

「やはり、後悔されているのでは……?」

「え?」


 どうやら、俺が九龍会へ戻った事を後悔していると勘違いしている様だ。

 俺は思わず笑ってしまった。


「吠様?」

「いや、悪い悪い。だがな豹、俺は後悔なんてしてないぞ。いつかはこうなると思ってたからな」

「しかし、『戻る気はない』と最初は仰っていましたが……」

「状況が状況だからな。蒼狼を止めないと、王国全体の問題になりかねん」

「確かに……。暗黒種族との関わりも、ここに来て色濃くなっています」

「奴が何を考えているのか分からんが、放っておいていいもんじゃない」

「はい……」

「ここ1年以内で、組織だった暗黒種族に関するギルドの依頼も増えてる。『次の魔王が現れる』って噂に、蒼狼が絡んでいる可能性もあるからな。冒険者で出来る事は限られる。これ以上は堅気カタギの範疇じゃ手が出せない」


 豹は何とも言えない表情をした。

 俺の事を心配しているのだろうが、残念な事に俺は感傷に浸るような神経は持ち合わせていない。

 言ってしまえば、豹は心配し過ぎなのだ。

 とは言っても、状況からしてそんな暇もなくなってくるだろう。


「豹、他の蛇達はどう動いている?」

「現在、3分の1が隠の掃討に、3分の2は情報収集に専念。研究施設に対してはタイパン率いる選抜部隊が専属で当たっています」

「隠に変化は?」

「今の所、何も。現場で屍喰鬼を目撃したという報告もありませんし、こちらは1人として被害は出ていません」

「まだ大丈夫って事だな」


 現状での一番の懸念は、屍喰鬼の隠密が実働する事だ。

 情報戦だけ見れば、今の所はこちら側の圧倒的優位。

 しかし、それもいつまで続くか分からない。

 可能な限り早く、例の研究施設を潰したいが、問題はあの兵士の数だ。

 あの村は蜘蛛1匹すら通れない様相なのだ。

 どうやってあの数の兵士を切り抜け、地中道トンネルに侵入するか。

 地中道内も警備が皆無である可能性はない。

 目的地である施設内も警備がいる筈だ。

 攻めるにはこちら側も兵を出すべきなのかもしれんが、数では確実に負ける。

 場所が分かっても攻めようがない。

 俺は溜息を吐いた。


「吠様、1つよろしいですか?」


 どう攻めるかに頭を悩ませていた俺に、豹が訊ねてきた。


「なんだ?」

「冒険者としての認識票ドッグタグはどうされたのですか?」


 俺はもうギルドから支給された認識票をしていない。


「どうって、『冒険者ガルは何者かによって殺された』んだよ」

「……?」

「そろそろ死体が見付かる頃だ。ギルドを調べてみな」


 背格好に近い奴を探すのは苦労した。

 ちょうど蒼狼側の下っ端に、同じくらいの身長の奴がいたので、ソイツを殺して顔などをズタズタにした上で、を着けさせて森に放置したのだ。

 認識票があるから、誰も疑うこともなくその死体がだと思うだろう。

 つまり、冒険者ガルは死んだのだ。

 俺は、前回の九龍会内部の大抗争を奇跡的に生き延びた、先代会長の虎の子と呼ばれた吠だ。

 俺はもう堅気ではない。

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