第64話 英断と愚断

パオ、ワシもそろそろ帰るわ」


 フェイ様が町から逃げて2日が経った。

 王都に潜ませた蛇を通じて、サリィン殿から吠様達の無事の知らせを聞いたのは昨日の事だ。


「グロー殿、調べ物は終わったのですか?」

「あぁ、ある程度はな。しかし、どうしてもが見つからん。手掛かりすらもな」

「それは我々も同じです。進展があればすぐにお知らせします」

「うむ、頼むぞ。それと……」


 グロー殿は真剣な顔で私と向き合う。


「くれぐれも、は頼む……」


 そう言って、頭を下げる。


「おやめください!我々に出来る限りを尽くします!この命に代えても!」

「いや、命は大切にしろ、豹。ワシはお主の事も好いておる。ワシより先に死なんでくれ……」

「グロー殿……」

「順番は守るもんだぞ。とにかく、達者でな」


 グロー殿がそう言った時だ。

 閉店Closedの看板を下げている場末のバーであるこの建物の扉が開いた。


「御当主、いるか?」

「タイパン?」

「いつ見ても、デカいのー」

「おー、グローの旦那か。なんだ?もう帰るのか?」

「あぁ、ワシの仕事も目途が付いたしの」

「で、何かあったのか、タイパン」

「そうだそうだ、御当主に報告がある」


 そう言って、タイパンは腰に下げた雑嚢をまさぐる。


「グローの旦那も欲しがってた情報なんだが……」


 取り出したのは一枚の羊皮紙。

 それをテーブルの上に広げた。

 どうやら地図のようだ。


「分かったぜ、の位置が」

「な!?」

「なんだと!?」


 タイパンは私達の反応を無視して続けた。


「場所は西部。森と荒野が入り混じるこの辺りだ」


 タイパンが示したのは、西部でも更に西。

 国境に近い位置で、そこには町は愚か、村すら存在しない場所だ。


「こんな所に施設を作ったら、それこそすぐに分かるだろうて」

「分からねーよ、施設は地下にあるんだ」

「……、なる程。確かに、数年前から蒼狼ツァンランが穴を掘らせていると言う噂があったな」

「それが事実だったらしい。地下施設の広さはかなりのもんだ」

「潜入したのか!?」

「それはまだだ。ただ、この施設への補給線を探ったが、かなりの量でな。その補給線も地中道トンネルを使ってるみたいだ」

「地中道……」

「グローの旦那には聞き覚えがあるだろ?」

「あぁ、狗鬼コボルドが鉱山の跡地に出たと言う依頼があった。結局は、魔王軍残党が廃村を要塞化していた」

「要は、それと同じだと思うぜ。地中道の出入り口は、確認しただけで3つ。この場所から近い3つの村にそれぞれ1つずつだ。その村も武装した奴等しかいない」

「元々の村人はにされたと考えるべきか」

「それに、武装した連中の中には、既に屍喰鬼グールが混じっている。本格稼働が始まったと見て間違いない」

「しかし、で見た養殖屍喰鬼は頭が悪そうだったが?」

「その問題も解決済みという事でしょう。だからこそ、本格稼働に移った」

「御当主の言う通りだと思うぜ」

「ならば、お主達も厄介事が増えるの。ルインとやらは、養殖屍喰鬼を隠に育てるつもりなのだろ?」

「そこの心配はまだないぜ。俺達と張り合える一端の諜報員に育てるには時間が掛かる。御当主、どれくらいで教育出来ると思う?」

「……、相手は暗黒種族ですが、知性も身体能力も高い。覚えが早いはどうかによるが……、早くて8ヶ月」

「俺も同じ見立てだ。つまり、8ヶ月はまだ安全って訳だ」

「だからと言って、8ヶ月も何もせん訳ではなかろう?」

「勿論だ。まずは2ヶ月で隠を壊滅させる。それでよろしいか、御当主?」

「……、2ヶ月では早過ぎる。蒼狼が本隊を動かす口実になりかねん。4ヶ月掛けろ。そうすれば、訓練が完了していない屍喰鬼の諜報員を駆り出す事になるだろう」

「なる程、流石は御当主だ。では、その手筈で進める。それと御当主、俺に部隊をくれないか?」

「何をするつもりだ?」

「いわゆる、選抜部隊を作りたい。メンバーはそうだな……、俺を監視させてた奴が10人程いるだろ?」

「な!?」

「ソイツ等をくれ。かなり使える奴等だったからな、欲しい」


 コイツ、自分が監視されている事を分かっていたのか。

 しかも、その監視していたメンバーの実力すら把握している。


「御当主、俺は御当主について行くぜ。それに二言はない。だから、俺に部隊をくれ」

「ガハハ!やはり、面白い奴だの、タイパンは!」


 グロー殿はどうもタイパンを気に入っている様だ。

 まぁ、ここまでの事を1人で調べ上げたのは流石と言える。

 だが、完全に信用した訳でもない。

 どうせ監視させるなら、部隊を持たせた方がそれも楽になる。


「分かった。タイパンは施設の詳細と、出入りがあると言う村の兵力を調べろ。それと、我々が施設の位置を特定したという事に気付かれるなよ?」

「大丈夫だ、御当主。欺瞞工作はやってる。俺達が気付いているとは、絶対に分からん」

「なら良い。行け」

「承知」


 そう言って、タイパンはそのままバーを出た。


「豹」

「はい」


 グロー殿もそう言い残してバーを出る。

 恐らく、私がグロー殿と会うのは、これが最後になるのだろう。



 王都に来て既に4日が過ぎた。

 私とガルは特にやる事もなく、上将軍が用意してくれた家でゴロゴロする日々になっていた。

 ガルはああ見えて、貯金が多い。

 まぁ、いわゆる箪笥預金なのだが、コフィーヌに頼んでその一部を蛇に運ばせ、王都のサリィンに届けてもらい、それを受け取って生活の足しにしている現状だ。

 私も貯金はしているが、ギルドに預けている。

 普通ならこの方が、どの町でも引き出せるのだが、隠れている今はそれが出来ない。

 引き出した場所が記録されるからだ。

 そこから足が付く可能性もある。

 まぁ、私の預金額など、ガルの箪笥預金の額に比べれば少ないのだが。

 そんなガル本人は、昼間はずっと窓際から外眺めながら、紙巻煙草を吸っている。

 端的に言えば、物思いにふけっている。

 私からすれば不安でしかない。

 今にも消えてしまいそうでならない。

 何とか外に連れ出したりもしているが、全く改善する気配がなかった。


「ガル……」


 夜に私は、ガルにしがみついて寝る。

 寝ている間にいなくなる気がして不安なのだ。


「うん……」


 そんな私の事を優しく抱き締めてくれる。

 しかし、やはり何処か上の空。

 何度交わっても、それは変わらなかった。

 私の中で精を吐き出しても、意識は全く別のところで、それは私に焦燥を溜め込ませるだけ。

 そして、5日目の朝。

 ガルの姿はなかった。


「ガル!?」


 裸のまま飛び起きた私は、近くにあったガルのシャツを着ながら、家中を探す。

 ワンルームの小さな家の捜索はすぐに完了してしまい、私は頭を抱えた所でテーブルの上に1枚のメモ書きに気が付いた。


『すまない、生きろ』


 そして、金貨の入った袋が置いてあるだけ。

 私は日が昇り始めた外を眺める。

 ふと、自分の内腿に伝う生暖かいモノを感じた。


「手切れ金のつもり……?アイツ、ぶん殴ってやる……」


 私はメモ用紙を握り潰したのだった。





『軍令:西部潜入調査依頼編』————Quest Accomplished?

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