第63話 逃亡と決意

 俺は目を白黒させていた。

 それもその筈。

 先程まで俺とエルウィンは南部の町にいたのだ。

 それが、今や王都。

 しかも、中枢区内の中央司令部の庁舎の中だ。


「これは……、空間転移テレポートか……」

「しかも、これって魔法じゃない……。魔術よ……」

「ガル殿、エルウィン殿、お久しぶりです」


 そこにはサリィンがいた。


「サリィン!」

「ガル殿……、よくご無事で……!」


 サリィンは目を潤ませながら、俺を抱き締めてくれた。

 そうか、心配してくれてたのか。


「泣くな、サリィン。生きてる」

「はい……。良かった……、本当に……」

「ちょっとー、2人だけで盛り上がらないでくれる?」

「エルウィン殿も、ご無事で……。グロー殿は?」

「アイツはマークされてる訳じゃないからな、西部の町に残った」

「そうですか……」

「サリィン少尉、そろそろいいか?」


 サリィンの背後に、デカい男が立っていた。

 水棲人マーフォークの男で、何とも剣呑な雰囲気をしている。

 完全に警戒してされている。


「オクト大尉、こちら冒険者のガル殿とエルウィン殿です」

「どーも」

「まずはここから移動を。これを着けて下さい」


 挨拶も早々に、オクトは俺とエルウィンにあるものを渡してきた。


「……、目隠しアイマスク?」

「この場所は軍内部でも上将軍のみが知る区画。今回は特別に我々も含めて立入りを許可されました。ただ、民間人であるあなた方に詳細を知られるのは不都合でして」


 なる程、それもそうだろう。

 上将軍がという事実が洩れては大変だし、そこが何処にあるか知られるのは更に厄介だ。

 当然の対応だろう。


「分かった。とにかく、助けてもらって感謝している」

「お礼は私ではなく、閣下に。私は最後まで反対していましたので」

「真面目だな、アンタ。俺とは大違いだ」

「我々には責任が付きまとうので」


 何とも棘のある言い方だ。

 まぁ、サリィン以上に気真面目そうなオクトからしたら、ヤクザと関係のある冒険者など、ほぼ敵に近い。

 仕方ないと言えば仕方ない。

 俺達はオクトの指示に従い、目隠しをした状態でしばらく歩かされた。


「お2人とも、もう目隠しは取って大丈夫ですよ」


 サリィンの声に従い目隠しを外す。

 そこは何度か来たことのある見覚えのある廊下だった。

 しばらく歩けば、上将軍の執務室。


「おー、ガル!着いとったか!」


 廊下の向こうで上将軍が手を振ったいた。

 え?

 上将軍?


「閣下が何故ここに!?」

「まぁ、そう言いたくなるのも分かるぞ、ガル。とりあえず入れ。話はそれからだ」


 上将軍に招かれ、俺達は上将軍の執務室に入った。


「無事で何よりだ、ガル」

「閣下のお陰で助かりました」

パオはどうした?」

「自分は反社会組織の人間だから付いて行けないと言って、町に残った」

「律儀な奴だ、ますます気に入った」

「にしても、確かには取って置きだ……」

「ハハハ!そうであろう!」


 上将軍は満足気に笑う。

 魔術を利用した空間転移装置など、世間に知られれば大変だ。

 全世界的に魔術は禁止されている。

 それだけで戦争になってもおかしくないレベルなのだ。


「しかし、どうやって俺達よりも早くここに着いたんだ?」

「簡単だ、儂もを使った。しかし、お前達が使ったものではなく、違う場所に設置したヤツだ。西部は中央の力が届きにくい。西部以外であれば、軍の支部にアレを設置しても問題ないが、西部はそうもいかん」

「そうだな、九龍会に悪用される可能性が高い。だから、俺達は南部の支部まで走らされた訳だが、あそこが一番近かったんじゃないのか?」

としては一番近い」

「あー、なる程。それ以上は聞かなくても分かった」

「うむ、ガルは理解が早いから助かるな」


 つまり、西部は支部ではなく、他の場所に設置しているのだ。

 そして、その場所が外部に漏れ、悪用されないために、俺達には南部の支部の装置を使わせた。

 しっかりとしているオッサンである。

 やはり、食えない御仁だ。


「とにかく、無事でよかったわ。しばらくは王都で過ごせ。住居は用意してやる」

「助かるよ、閣下……」

「何なら、このまま儂の傍付きにならんか?階級も用意してやるぞ?」

「二言目には勧誘スカウトするのはそろそろ辞めてくれ。気持ちは嬉しいのだが、オクト大尉の視線で刺殺されそうだ……」


 俺は背中に突き刺さる敵意の視線を入室時から感じていた。

 どーもこのは俺を嫌っているらしい。

 まぁ、どこの馬の骨とも分からん、ヤクザと繋がりのある人間など、王都にすら入れたくないだろう。


「ガハハ!とにかく、まずは休め。今後については明日話すとしよう。サリィン、2人を抑えていた家に案内しろ」

「了解しました。では、行きましょう」

「閣下」

「なんだ?」

「本当に助かった、感謝してる。しかし、グローはあの町に1人だ。大丈夫か?」

「心配など要らん。アイツもある程度調べたら東部に帰ると言っていた。元々無理をするタイプでもないからな。問題ない」

「ならいいんだが……、やっぱりグローとは旧知の仲だったんだな」

「お?言っておらんかったか?」

「白々しい言い方をされるなぁ、閣下」

「ハハハ!」


 俺達はそのまま上将軍の執務室を後にした。

 グローと上将軍の件は何となく分かった。

 まぁ、だからと言って何が変わる訳ではないのだが。

 とにかく、俺達は上将軍が用意してくれた家とやらに向かった。



「ルイン様」


 ガルの追跡に出していた隠が帰って来た。

 帰って来たという事は、逃したという事だ。


「やはり、無理だったか」

「申し訳ありません。西部を出て、南部の町に入ったところまでは確認できたのですが、それ以降は全く足取りが掴めません」

「……、上将軍にしてやられたな」

「はい……」

「まぁいい。ガルに関しての情報を集めろ。それと、奴の住む街をマークしろ」

「既に手は回しております」

「ならいい」

「では」


 部下がいなくなるのを確認して、俺は深い溜息を吐いた。

 ガルも厄介だが、上将軍が関わってくるとなると、余計に厄介だ。

 いつの間にか、ファンの陣営に王国軍とギルドまで参加している。

 こんな状況で蒼狼は勝てるのか?

 負ければアイツは死ぬ。

 まぁ、奴が死のうが俺には関係ないが、恐らく俺も道連れに殺される。

 見限るか……。


「とは言っても、蛇を潰さずに手を引くなんて出来ねーな……」


 俺はタイパンを思い出した。

 アイツは俺など相手にならないと言った。

 しかし、隠を引き継いだのはこの俺だ、豹ではないのだ。

 師匠が何を思って隠と蛇を俺と豹にそれぞれ渡したのかは分からん。

 あのクソジジイの考える事など理解出来んし、したくもない。

 そして、恐らくあのジジイは俺が負けると踏んでいた筈。

 それが何よりも気に食わない。


「クソが。蛇が関わって来なければ、こんな負けそうな戦に加担なんてしねーのに……」


 隠はその内消える。

 蛇によって消される、これは既に決定事項だ。

 だが、それで終われる程、俺は単純な男ではない。

 俺は力一杯に小剣ナイフを投げた。

 棚の中に飾っていた、蒼狼からもらった酒瓶が弾けた。

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