第62話 取って置き

「何だと!?」


 私が軍の支部に到着した時、既にガルと言う名の冒険者はいなくなっていた。


「どういう事だ!?」

蒼狼ツァンラン、申し訳ない。突然、上将軍が現れ、問答無用で冒険者2人を解放した」


 支部長は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。

 コイツは元からルインの鍛えた隠のメンバーではない。

 支部長に就任した時点で、ルインが抱き込んだ部類だ。

 隠を王国軍に入れるのは容易いが、重役になるのは難しい。

 重役を抱き込む方が遥かに安上がりになる。

 役目は、黄の縄張りであるこの町の監視。

 何か異常があれば報告する手はずだが、基本的に何も起きていなかった。

 ルインは働かない男と言っていたが、それはそれで我々にとっては平和な証拠だったのだが。


「上将軍だと!?軍トップとも繋がりを持っているという事か!?」

「やっぱり、ってのはそのガルって奴に間違いないだろう」


 ルインが何度か頷きながら言う。

 間違いない、ソイツだ。

 中央とのパイプ、しかも上将軍とのパイプ持ちで、冒険者。

 例の、ギルドと軍が連携した研究施設の一斉摘発の首謀者だ。

 持っているツテを全て使ったのだろう。

 なんて大胆な奴なんだ……。


「ルイン……」

「分かってる、既に追手を出した。だが、追いつけるかは分からん」


 ルインも自信がないようだ。

 それもそうだろう。

 何せ、脱走させたのが上将軍なのだ。


「上将軍直々に脱走させたとなると、その後の事も用意周到に準備していると考えるのが普通だ」

「そうだな。まず、上将軍がこの町に現れるのが早過ぎる。コイツ等がガルを捕まえてからまだ2日だぞ」

「ルイン、考えてみろ。ガルを接点として、ファン、蛇、王国軍、ギルドの連携が可能になっている事を考えれば、不思議ではないだろう」

「何者なんだ、そのガルって奴……。黄なんかよりよっぽど厄介だ……」

「うむ……」


 私は、このガルという奴のやり方に、覚えがある気がした。

 計略に長けた奴が、じっくりと包囲網を構築する、そのやり方。

 先代の会長、呑龍トゥンロンだ。

 相手に気付かれる事なく包囲網を構築し、それをゆっくりと狭めていく。

 相手が息苦しさを感じ始める頃には既に手遅れ。

 『全てを呑み込む、静かな龍』

 それが2代目の名の由来だ。

 この息苦しさは、正しく呑龍のそれだ。

 しかし……。


「奴は……、俺がこの手で殺したのだ……」

「蒼狼、しっかりしろ。とにかく俺は、そのガルって奴を暗殺する」

「無理だ。ここまで私達に尻尾を掴ませなかった奴だぞ。今の隠では暗殺は不可能だ」


 そう、それは証明済みだ。

 サリィン暗殺に放った隠は全員死んだ。

 ガルに消されたと考えるのが妥当だ。

 何者なんだ、ガル……。


「ルイン、とにかくガルを探れ。どんな些細な情報でもいい。調べられるだけ調べ上げろ」


 私の焦りは加速し続けていた。



 俺達は道なき道を走っていた。

 街道からはとっくに逸れ、獣道すらない森の中を全速力で疾走する。

 パオが先頭でなければ、方向感覚を失い、とっくに遭難しているだろう。


「豹!このまま進んで大丈夫なのか!?」

「問題ありません、私に付いて来て下さい」

「それより、無駄口を叩かない!舌噛むわよ!」

「チッ……」


 耳長人エルフであるエルウィンはある程度方向が分かる様だ。

 先頭が豹、真ん中に俺、そしてエルウィンが最後尾。

 本当に馬を潰す勢いで走っている。


「本当に大丈夫か!?」

「もうすぐ我々が使っている小屋に着きます!そこで馬を替え、またしばらく走ります!」


 なる程、ここは豹達が使う道なのか。

 人が通った形跡が皆無なのは、豹を含めた蛇達は木の上を移動するからだろう。

 常時、足跡すら残さない、それがこの者達なのか。

 そんな事を考えていると豹の言った通り、小さな小屋が現れた。

 2人の人影と共に、3頭の馬の姿も目に入った。


「用意周到だな……」

「御当主!」


 豹は鞍の上に立ったかと思うと、そのまま跳躍ジャンプして、替えの馬の上に跨った。

 なんて芸当だ……。

 そんな事出来る筈もない俺は、馬から飛び降りる。

 そんな俺の頭上を飛び越え、エルウィンも次の馬に飛び乗った。

 何なんだよ、コイツ等……。


「吠様、行きますよ!」


 俺が馬に跨ったのを確認して、豹が馬の腹を蹴る。


「お、おう!」


 それに倣って、俺も馬を走らせた。

 俺達が乗ってきた馬達はそのまま倒れ込み、目を見開いたまま荒々しく呼吸している。

 死んではいないようだが、これはしばらく使えないだろう……。


「ガル!前を見て!」


 後ろを見ていた事をエルウィンに注意される。


「生きてるわ!だから走って!」

「わ、分かってる!」

「吠様、このまま西部を抜け、一度南部の町に入ります」

「何故だ!?すぐに王都へ向かうんじゃ!?」

「上将軍閣下のお計らいです。『を使わせてやる』と……」

「取って置き……?」


 どういう事なのか。

 とりあえず、上将軍の好意に甘えるしか今はない。

 まだ気配は感じないが、追手が付いている筈だ。


「追跡は?」

「来てるわよ、けどまだ距離がある。向こうも必死ね」

「当たり前です!ですが、我々はここで吠様を失う訳にはいかない!」


 いつになく感情を剥き出しにする豹。

 いざとなったら、俺の身代わりになる気だ。

 と同じ覚悟を、豹の言葉から感じる。

 そんな事はさせない。

 俺達は全員無事に王都へ着く。

 それは祈りにも似た、俺の覚悟だった。

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