第61話 緊急脱出

 俺は冷静になって、自分の言動を後悔した。

 エルウィンから言われた、あの男を信用するなと言う言葉の意味が、やっと分かった。

 頭を殴られ、エルウィンを危険にさらし、激昂した事によって、俺は完全に冷静さを欠いていた。

 支部長を名乗った男は、本当にファンの知り合いか?

 あれは、俺が黄と繋がっているかどうか確かめる為のハッタリブラフだったのではないか?

 それ以上に、本当に軍人だったのか?

 疑おうと思えばいくらでも疑える。

 そんな状況で、黄との繋がりを確信させるような事を言ってしまった。

 言質を取られた。

 しかも、俺は東部から来た冒険者である事も、首から下げた認識票ドッグタグでバレているだろう。

 拠点にしている街もバレた筈だ。

 だとすれば、過去の一連の出来事に関わっている事も推察はつくだろう。

 完全に詰んだ。

 俺は薄暗い牢の中で頭を抱えるしかなかった。


「ガル、溜息はもう聞き飽きたわ」

「うるせー……」

「もう……、凹み過ぎでしょ」

「当たり前だろ?パオ達が必死に守ってくれていた俺の正体を、自分からひけらかしたんだからな……」

「ガルにしては、間抜けな失敗よね」


 エルウィンはそう言ってケラケラと笑う。

 殴られた傷はもう大丈夫の様だ。

 支部長が早い段階で止めに入ったお陰で、犯される事もなかった。

 それだけが唯一の救いな気がするが……。


「けど、嬉しかったよ、ガル」

「はぁ?」

「だって、私の事を大切に思ってくれてるからでしょ?あんなに怒ったのは」

「……、まぁ、仲間だからな……」

「ふ~ん、そこで好きだとは言ってくれないの?」

「……」

「ま、いいわ。それより、早くここから出ないと、余計に厄介な事になるわよ」

「分かってる……」


 しかし、打つ手がない。

 ブンガルスには手を出さない様に言っている。

 念の為、救助支援の手紙がサリィン宛に届く手筈になっているが、ここで上将軍の印籠で釈放されれば、事態は余計にややこしくなる。

 それは十分に理解しているが、豹かサリィン、どちらかの協力がなければ、ここから出る事など不可能だ。


「完全に失敗した……」


 俺は自分自身を責めた。

 何故、あの場で黄との関係を裏付ける様な発言をしてしまったのか。

 やはり、エルウィンへの奴等の仕打ちが耐えられなかったという事だろう。

 背負って戦うという事の難しさだ。

 誰かを庇いながら戦う事など、今までやった事がない。

 それがどれだけ難しいのか、この歳になってやっと思い知った。


「ガル、失敗かどうかなんて、後で考えましょう」

「え?」

「ここから出れたらどうとでもなるでしょ?私達の身が危険になるなら、サリィンみたいに王都へ逃げましょう。それでいいじゃない?」


 何ともあっさり言ってくれる。

 さも当たり前かの様な言い草だ。

 俺が必死に考えているのが馬鹿みたいじゃないか。


「そんな簡単な話じゃないだろ……」

「そんな簡単な話よ?だいたい、冒険者が強大なヤクザ組織に喧嘩売ってる方がおかしな話でしょう?それこそ、上将軍に言って王都で暮らせる様にしてもらっちゃえばいいのよ」

「そうだそうだ。副官の席はまだ空いておるぞ?」


 聞き覚えのある声だった。

 その声の方向を見る。


「閣下!?」

「閣下?」

「よう、ガル。元気そうで何より」


 平民の様な変装をした上将軍が、そこに立っていた。

 後ろにはグローと豹も付いて来ている。


「まさか、この人が上将軍?」

「あぁ、まさしく儂が上将軍だ。そう言う其方そなたは……、なる程、噂に聞くだな?」

「嫁!?」

「初めまして、ガルと一緒に冒険者をやっているエルウィンです」

「噂に違わぬ美しい古代耳長人エルフ族だ」

「いや、そんな事より!なんで閣下がこんな所に!?」

「ガル、お前は馬鹿か?サリィンに救助を求めただろ?だから助けに来たのだ」

「助けに来たって、早過ぎるだろ!?俺達が捕まって3日と経ってない!!」

「儂はこの国の軍トップだぞ?裏技もある」

「出鱈目だ……」

「それより、さっさと帰るぞ」


 上将軍はそう言って鍵束を取り出し、俺とエルウィンの牢の扉を開けた。


「閣下、困ります……。コイツ等は町を嗅ぎまわっていたのですよ……?」


 支部長を名乗った男が、上将軍の後ろで迷惑そうに顔をしかめていた。

 こいつ、本当に支部長だったのか。


「町を嗅ぎまわっていたのは、儂の依頼があったからだ。どうも、お主達の上げてくる報告は信用出来んからな」

「何を仰いますか……。私達は王国の為に働いております……」

「そう願いたい所だな。では、失礼する」


 上将軍は支部長に全く取り合う事なくズカズカと支部を出て行った。

 俺達もそれに続く。


「豹」

「はい、閣下」

「2人と共に、すぐにこの町を去れ。捕捉されるなよ。最速で王都へ向かえ。非公式ながら、一時的に2人を儂が保護する」

「おい!ちょっと待ってくれよ閣下!」

「時間がない。話は王都でだ。行け、豹!」

「御意に。吠様、エルウィン殿、行きますよ」

「後の事はワシと上将軍に任せろ。豹、ブンガルスは借りるぞ」

「はい、彼に何なりと言いつけて下さい。では」


 豹を先頭に、俺達は人混みに紛れ、そのまま町を出た。


「支部長をやっとる男、なかなか抜け目のない男だの」

「あぁ、アイツは隠の1人だろう。ガルは既に尻尾を掴まれたと見て間違いない」

「ブンガルス、おるか?」


 グローが呼ぶと、人混みからユラリとブンガルスが現れた。


「ここに」

「以降、ガルを主目標とした諜報活動が始まるはずだ。出来るだけ攪乱してくれんかの?」

「もとより、そのつもりです」

「それと……」


 グローはブンガルスに1つ頼み事をした。

 その内容を俺が知るのは、もっと先の事だった。


「豹!どうやって王都を目指すつもりだ!?」

「早馬を用意しています。潰すつもりで走って下さい」

「潰れたら終わりだろ!」

はあります。私に続いて下さい」


 町を出て、すぐの森の中に馬が3頭繋いであった。

 俺達は手早く跨り、腹を蹴る。

 この手回しの良さ、流石は豹だと言えるが、それだけ事態は切迫しているのだ。

 つまり、俺が予想した

 支部長は蒼狼側、隠のメンバーだったのかもしれない。

 その上に、俺が上将軍とも繋がりがあるとバレた。

 言い逃れは出来ない。

 俺は完全に隠にマークされるだろう。

 クソ、こんな簡単なミスで全てが台無しになった。

 俺は後悔しながら、馬を走らせた。

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