第60話 捕捉

「この町に来るのは初めてだな」

「よぉ、よく来たのぁ」


 旅人の様な装いの老人に、グロー殿が話し掛けた。

 という事は、この老人が王国軍の最高司令官であるところの、上将軍閣下なのだろう。

 私はグロー殿と共に、町の入口で上将軍を待っていた。

 グロー殿は上将軍とは昔馴染みらしく、ざっくばらんに話が出来る仲だとか。

 今更それを聞かされ、上将軍がフェイ様をやけに気に入ってる本当の理由はここにあったのだろう。


「上将軍閣下、お初にお目に掛かります。吠様……、いえ、ガル様の部下、パオと申します」

「役職名で呼ぶな、豹。今はキルヒアイスと名乗っている」

「申し訳ございません、キルヒアイス殿」

「しかし、お前がガルの虎の子か……」


 上将軍はマジマジと品定めをするかの様に私を見つめる。

 虎の子とは、どういう事か。

 考えられるとすればグロー殿から、私の仕事内容を聞いているという事だろう。

 上将軍にとって、私は邪魔な存在に違いない。

 王国軍も諜報組織を持っているが、私の蛇の方が圧倒的に上。

 隠にもやり込められている状態なのだ。

 私の事を快く思っていないはずである。


「うんうん、お前も儂の所に来ないか?」


 上将軍は満面の笑みでそう言った。

 予想の斜め上どころか、遥か上空過ぎて開いた口が塞がらない。


「……、はい?」

「キルヒ、こんな時に勧誘などするでない」


 呆れてグロー殿が話を戻そうとする。


「ガハハ!そうだな、お前の言う通りだ。しかし、ガルの周りにはいい人材が揃い過ぎておる。羨ましい限りだ」

「そんな事より、さっさと行くぞ」

「いや、その前に豹に言いたい事がある」

「何でしょう……?」


 改まって向き合ってみると、この人の覇気オーラは凄い。

 歴戦の戦士特有の練り上げられ、それでいて清流のように澄んだ雰囲気。

 しかし、それは時として全てを飲み込む激流にもなるのだろう。

 そう思うと、やはり何処か吠様に似ている気がする。

 とはいえ、言いたい事とは何なのか。

 今の所、軍の諜報部隊には手出ししていない。

 吠様が上将軍と知り合いであり、軍の反感を買う様な事は避けるべきだと判断したからだ。

 憎まれ口を叩かれる筋合いはない筈だが。


「我らの諜報員に全く手を出さずにいてくれて感謝している。可能であるならば、協力を要請したいのだが?」


 真逆だった。

 しかも、協力の要請。

 とは言っても、協力とは名ばかりで、我々が入手した情報を流すと言うのが実際のところだろう。

 通常の相手ならば、有無を言わさず断るのだが、相手は王国軍だ。

 この上将軍ならば、色々と便宜を図ってくれるだろう。

 損はない筈だし、蒼狼ツァンランを倒したいと言う思いは共通している。


「我々としても、大変助かります。可能な限り、情報の共有はさせて頂きます」

「ハハハ、あっさりと了承するのだな、意外だったぞ」

「あくまでも、王国軍とではなく上将軍閣下との協力関係であると認識しますが、宜しいでしょうか?」

「あぁ、それでいい。儂の一派との協力関係だ」

「ならば、喜んでお受け致します」

「ハハハ、儂の事は信用してくれるのだな」

「閣下は何処か、ガル様に似ておられる。だから、私は閣下を信じます」

「……、サリィンと同じ事を言うな」

「はい?」

「いやな、サリィンは知っておるだろ?アイツも豹と同じ事を言っておったわ。どう思う、グロー?」

「そんな事より、いつまで遊んでおるつもりだ。ワシは一刻も早く動きたいのだが?」


 グロー殿は不服そうな顔をしていた。

 純粋に、吠様の事が心配なのだろう。

 私もそうだ。

 上将軍との話が思った以上に長くなってしまった。

 私達は移動しながら作戦を練る事にした。



「ルイン様、報告が上がってきました」


 俺は部下から小さな羊皮紙を受け取った。

 その内容もさることながら、その報告を上げてきた奴に驚いた。

 ナンバー803-001。

 珍しい事もある。

 滅多に報告を上げてこない奴だが、上げる情報は常に意外性、重要度、確度全てがずば抜けている。

 ソイツからの報告だ。

 ほぼ確実、そして恐ろしく重要。

 すぐに蒼狼に会う必要がある。

 俺は急いで部屋を出た。


「ルイン様!?」

「蒼狼に会いに行く。お前も来い」


 俺が部下を引き連れ、蒼狼の事務所に駆け込んだのは、それから20分後の事だった。


「蒼狼はいるか!」

「ルイン!?貴様、何故ここに!?」

「フィアット、蒼狼はいるか?」

「いらっしゃるが、今は得意先の方と会議中だ!」

「すぐに帰らせろ。それどころじゃない!」

「……、分かった、少し待て」


 そう言ってフィアットは蒼狼の部屋へ向かう。

 するとすぐに蒼狼が部屋から出てきた。

 フィアットから説明を受けると何度か頷き、部屋を覗き込む。

 その直後、3人の男達が部屋から出て、そのままエントランスから出て行った。


「ルイン!」


 蒼狼が俺を呼ぶ。

 俺は部下を連れたまま蒼狼の部屋へ入った。


「何があった、ルイン。お前が焦るなんて珍しい……」

「掴んだぞ、お前が怪しんでた奴だ!」


 俺は珍しく取り乱していた。

 しかし、それも仕方ないと思って欲しい。

 どれだけの人数を投入しても、尻尾どころか、毛の一本すらつかめなった、についての情報なのだ。

 たったそれだけの情報の為に、3桁の隠を散らした。

 それがたった今、しかも1人の不真面目な隠のお陰で掴めたのだ。

 だが、蒼狼はいまいちピンと来ていない様だ。


「ルイン、何を言っている?」

「だから!東方司令部のサリィンの近くにいる切れ者の正体が分かったって言ってんだよ!」

「何だと!?」

「名前は、ガル。東部のギルドに所属し、サリィンの街を拠点としてる。詳しくは今調べさせてはいるが、何処まで探れるかは分からん」

「逆に、調査に行き詰まるようだったら、ビンゴだ」

「あぁ、やっと捕まえた……」

「よし、名前が分かれば、あとは消すだけだ。東部に隠を派遣しろ」

「ガルは今、東部にいない」

「何?」

「憲兵が捕まえた冒険者が、ガルだ。ファンとのパイプを持っているような事も確認したらしい。言質が取れてる」

「まさか!?」

「殺害命令を出すが、いいな?」

「……、いや、待て」

「何故だ?」

「私がる。話もしてみたいしな」

「……、俺も付いて行くが、いいか?」

「構わん、一緒に来い。フィアット、後は頼むぞ」

「承知致しました」


 俺と蒼狼はそのまま軍の支部へと向かった。

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