第59話 牢の中
「
フィアットが私の部屋をノックしたのは夕方の事だった。
数日前から、西部のある町で
その町は
とは言っても、スペリオ達の要望で餌集めの為、既に誰の縄張りだとか関係なく、西部全体の貧民窟に部下を送っていた。
だからこそ、その冒険者の存在に気付いたのだが、冒険者を拘束するのは、憲兵に任せた方がいい。
いきなり私の部下が出て行っても、余計に怪しまれるだけだ。
「で、その冒険者の身元は分かったのか?」
「今、ギルドに問い合わせて調べている所です、どのような依頼を受けているのかも含めて」
「うむ、それでいい。何か分かったら報告しろ」
「……、それが」
「なんだ?」
「2人の内、1人は
「なんだ、憲兵共が盛っているのか」
「はい。恐ろしく美しい女らしく……」
「ほぉ、見てみたいな」
「今は何とか抑えていますが……」
「西方司令部はクズばかりだな。下手に手を出させるな。中央とギルドからやっかみを受ける口実になりかねん」
「御意に。それと、蒼狼様」
「何だ?」
「その冒険者、ご覧になりますか?」
うむ、見てみたい。
西部に乗り込んで来るのだ、中々胆が据わっているじゃないか。
それに、フィアットですら美しいと称するその女耳長人もだ。
何なら私のものにするのも悪くない。
しかし、私もすぐに出向ける程暇ではないのだ。
「そうだな……、スケジュールに空きがあるのはいつだ?」
「はっ、3日後であれば」
「うむ、では3日後だ。それまで女耳長人に手を出させるな、良いな?」
「御意に」
フィアットは下がった。
しかし、冒険者が何の用なのだ?
貧民窟で餌集めを始めて、それほど時間が経った訳ではない。
表向きは何の変化も出ていない筈だ。
まさか、餌集めの兆候を掴んだとでも……?
いや、待て。
餌集めに関しては、初めから俺が始めたものではない。
フィアットがやっていた事を俺が引き継ぎ、規模を大きくしただけだ。
広く、浅く集めている。
つまり、フィアットがやっていた時の異変を掴み、調査に来た可能性がある。
だとすれば、中々鼻の効く奴等だ。
侮れる相手ではないだろう。
早めに憲兵に動いてもらったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。
「それに、既に拘束したのだ。問題はほぼ解決したに近い」
後は、その2人の冒険者の処遇を考えるだけだ。
貧民窟で女が消えるなど、よくある話だ。
拉致され、薬や魔法で精神汚染し、自我を破壊し、娼館に売り払うなど、よくある話だ。
ギルドも特に問題視しないだろう。
問題は男の方だ。
殺した所で、ギルドからの調査は免れない。
女が消えるのとは勝手が違うのだ。
女の冒険者が、男の冒険者よりも軽視される傾向にあるのは、戦闘は男の仕事であるという認識が強いからだ。
男の世界だと分かった上で入ってきたのだから、そのくらいの覚悟はしろという事か。
私に言える事ではないが、理不尽極まりない。
女は金になるのだから、その様に扱うべきではない。
男よりも圧倒的に高く売れる。
まぁ、だからこそギルドからは軽視されるのだろうが。
「3日後か」
仕事をやり繰りすれば、2日後にはソイツ等の顔を拝めるかもしれない。
私は自分の仕事に勤しむ事にした。
†
不愉快な笑い声で目が覚めた。
頭が痛む。
まだぼんやりとする意識の中、目を開ける。
薄暗い。
どうも牢の中の様だ。
不快な笑い声の元を探る。
それはすぐに見付かった。
通路を挟んだ向かい側。
種族もバラバラな3人の男が、向かいの牢の中で何やら牢の中で騒いでいた。
「何だ……?」
目を凝らす。
ソイツ等に焦点があった瞬間、俺は激昂した。
「貴様等ぁ!!」
男達に突進するが、鉄格子がそれを邪魔する。
ギリリと歯を食い縛る音が、牢全体に響いた。
「あ?おぉ、彼氏が起きたぜ、エルウィンちゃん」
男達の足元にはエルウィンが力なく倒れている。
服ははだけ、そこから覗く白い肌は血と殴打された痣がくっきりと分かる。
「あんまりにもなってないからな、お前の彼女を教育してた所だ」
人間の男が不愉快に歪んだ顔をこちらに向けながら言う。
「貴様等、憲兵だろ……。民間人を嬲って楽しいのかよ……?」
「民間人!?冗談はよせよ。貴様等は国家反逆罪の容疑で収監中の容疑者なんだぜ?」
「俺達は冒険者だ。こんな事をしてギルドが黙ってる訳ないだろ」
「言ってろバカが。ここは西部だぜ?西部の法は俺達だ。お前は黙ってそこから見てろ」
「そーそー。エルウィンちゃんが犯されるの見ながら、
ゲラゲラと反吐の出る笑い声が響く。
俺が憤怒で我を忘れる直前だった。
「貴様等!静かにせんか!!」
初老の人間の憲兵が立っていた。
「げっ……、支部長……」
今まで笑っていた男達はあからさまに嫌な顔をする。
「休憩から戻って来んと思ったら、こんな所で脂を売りおって!仕事をせんか、馬鹿共!」
「いや、支部長!俺達は容疑者達の尋問を……」
「やかましい!」
支部長と呼ばれた男は問答無用で男達を殴りつける。
長身という訳でもない身体から繰り出された拳は、支部長よりも遥かに背の高い狼狗人すら壁まで吹き飛ばした。
「暴力を伴う尋問など、時代を考えろクズ共!さっさと戻れ!」
「ちっ……」
「前線を知らんガキが、粋がるな!」
支部長の怒号に、男達は成す術なくそそくさと逃げる様に牢を去って行った。
「すまんな、後で医官を連れてくる。とりあえずはこれを飲め」
そう言って、支部長は回復
「アンタは……」
「ここの支部長をやっている、
「いや、助かった……」
「お前達の事は
「黄の知り合いか……」
「ここはアイツの縄張りだからな」
「重ねて礼を言う……」
「それは釈放まで取っておけ。数日はこの牢で過ごす事になるとは思うが、我慢してくれ」
支部長はそう言って去って行った。
静かになった牢で、エルウィンが回復水薬を飲む。
「大丈夫か、エルウィン」
「ガル……」
「なんだ?」
「さっきの支部長、信用しちゃ駄目よ……」
「どうしてだ……?」
「ここに、私達の味方はいない……」
エルウィンのその言葉の意味を、この時の俺はまだ理解出来なかった。
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