第58話 放蕩将軍

「その情報は確かか?サリィン」


 流石の上将軍も顔色が変わった。

 私宛に送られてきた書類は、増強されたと言うパオ殿の部下からのものだった。

 この上なく信頼度の高い情報だ。


「間違いないかと……」

「恐れていた事態だな……」


 上将軍がガル殿に直接依頼を出した事は私も知っていた。

 何もない事を願っていたが、そうもいかなかった様だ。

 しかし、ガル殿達が調査に入ったのは、九龍会の現会長の蒼狼ツァンランの縄張りではなく、ガル殿が連携しているファン殿のそれだった筈である。

 つまりは、蒼狼は既に西部全体を実効支配しているという事になる。


「どうなさいますか、閣下。黄殿の縄張りシマであろうと、蒼狼は手出ししてくるという事では……?」

「それだけ事が進んでしまっておるという事だな。サリィン、オクトを呼べ」

「了解しました」


 私は直ちにオクト大尉を呼ぶ為、上将軍の執務室を出た。


「サリィン少尉、何かあったのか?」


 廊下に出るとすぐ、オクト大尉が立っていた。

 何ともタイミングのいい。

 と言うか、ここで待機していたのではないだろうか。


「ちょうどいい所に、オクト大尉。閣下がお呼びです」

「了解した、お前も来い」

「はい」


 オクト大尉に続いて、再び執務室へ入った。


「オクト、儂は少し出るぞ。後は任せた」

「はい!?」


 何を言い出しているんだ、この最高司令官は!?


「了解しました、西へ向かわれるのですね。1週間程度でしょうか」


 オクト大尉は止めるどころか、不在日数の計算をしている。

 いやいや、そこは止めないと……。

 上将軍は軍の最高司令官であり、最大権力者だ。

 そう簡単に中央を離れるべきではない筈。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「どうした、サリィン?」

「閣下がそう簡単に中央を出られるのはいかがなものかと……」


 私がそう言うと、上将軍は大声で笑った。


「なーに、いつもの事だ。なぁ、オクト」

「はい。閣下には放浪癖がありますので」


 国防の最高責任者に放浪癖があっても困るのだが……。


「いつも通り、護衛は要らぬぞ。儂1人で充分だ。西部に着けばガルもおるしな」

「しかし!」

「了解しました。では、お気を付けて」


 反対する私を尻目に、オクト大尉は上将軍の机の上に山積みにされた書類を回収し、一礼の後に退室していった。


「後は頼むぞ、サリィン」

「閣下!」

「なんだ?サリィも来るか?」

「え!?」


 上将軍自身が行く事は決定事項になっている。


「しかし、西部はお前にはまだ危険だ。しばらくは近付かん方がいいだろう」

「はぁ……」

「では、後は頼むぞ。1週間程で帰って来る。ガル達を連れてな」


 上将軍は笑いながらそう言って、大きな本棚に前に立った。

 その本棚に手を翳すと、本棚は消え、古びた扉が姿を現す。


「光学的妨害魔法……?」

「この事は誰にも言う出ないぞ、サリィン?」


 例のごとく、上将軍は悪戯っ子の様に笑ってその古びた扉を潜った。

 扉が閉じると同時に、そこは元の本棚の姿に戻っていた。


「無茶苦茶だよ……」


 私は面食らったまま、執務室を後にする。

 副官の事務所に戻ると、オクト大尉が先程の書類の山に目を通していた。


「サリィン少尉、手伝え」

「オクト大尉。今回の様に閣下が公務以外で、内密に出歩く事はよくあるのでしょうか……?」

「少尉、口を慎め」


 オクト大尉から静かに怒られる。


「申し訳ありません……」


 私が肩を落としていると、オクト大尉が手招きしていた。

 それに従い、オクト大尉の傍に行く。


「座れ」


 オクト大尉は書類から目を離す事なく、近くの椅子を指差す。

 私はそれに従い、椅子に腰掛けた。


「中央司令部の中だからと言って、閣下の不在を口にするな」


 書類に目を通していたオクト大尉は、サッと私に耳元で囁いた。

 言われてみれば確かに、何処で誰に聞かれるか分からない。

 上将軍の不在は国家の安全上、誰にも気取られる訳にはいかないのだ。


「申し訳ありません……」

「よい、次からは気を付けろ」


 私とオクト大尉は書類の山に隠れるようにして、コソコソと話した。


「しかし、閣下はいつもあんな感じなのですか?」

「あぁ、気まぐれで公務、特に事務仕事を放り出すのはしょっちゅうだ。実際、閣下の事務仕事の8割は、我々副官がやっている……」

「それは……、ご愁傷様です」

「何を言っている、今日からお前もやるんだ、サリィン少尉」

「……、そうなりますよね……」

「まぁ、そう気に病むな。お前には捺印するだけでいいものを回す。その内、閣下の筆跡を真似る練習もする必要が出てくるがな」

「そんな事していいんですか……?」

「公務が滞る方が問題だ。それに、重要な事に限っては、基本的に閣下が先に済ませているからな」

「つまり、この書類たちは閣下の目に留まる事なく処理されていくのですね……」


 私は山積みの書類に憐みの目を向けた。


「それも違う。閣下は全てに目を通している。通し終わっているから、机の上にあったのだ」

「……、だったら、サインするだけじゃないですか……」

「それが出来ていれば、こんな状態にはなっていないだろ?」


 私は思わず溜息を吐いて、頭を抱えた。


「サリィン少尉、閣下の前でそれは辞めておけよ?割とあの方は気にしいだからな。それに」

「それに……?」

「サインを書くだけと言うが、あの方にとってはそれが難しいのだ」

「と言うと……?」

「あの方は、サインを1つ書くまでに、書類を3枚読み終わるのだ」

「……はい?」

「驚異的なのだ、読破力と理解力が。そのお陰でサインを書く手が、頭の回転について行かないのだよ。化物だ、間違いなく」


 理解力と言うよりも、閣下の場合は千里眼なのではないかと、私はぼんやりと思った。

 それに似たものを、ガル殿から感じる事がある。

 驚異的な現状把握能力と、対抗措置の立案の早さ。

 そして、それを具現化する事の出来る行動力。

 私もグロー殿から褒められた事があるが、ガル殿や上将軍に関しては次元が違うと感じる。

 に必要な能力。

 私は、それもカリスマ性の一部だと思う。


「閣下がガル殿を欲しがる意味が、よく分かります……」

「え?」


 私の呟きに、オクト大尉が反応した。

 しかし、私はいたたまれない気分になっており、それに対応する事が出来なかった。

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