第56話 実力行使

「ブンガルス、待たせたな」


 俺は現状で分かった事をまとめた資料を、中央司令部で上将軍の傍付きになっているサリィン宛に出した。

 通常であれば、各方面司令部に預ければ、王都まで輸送してくれるのだが、ここは西部。

 西方司令部は完全に蒼狼ツァンランの手の内だと考えるべきだ。

 なので、ブンガルスの部下である蛇の1人に、東方司令部のコフィーヌに渡すように手配した。

 西方司令部に気取られずに送るには、これが一番確実だろう。


「いえ。それより主殿、昨日の件でを付けられたようです」

「分かっている。ここはファン縄張りシマだってのに、やりたい放題だな……」

「始末しますか?」

「いや、辞めておけ。インならばこれ程あからさまな尾行はしない。恐らく軍人だろう。殺せば面倒だ」

「了解しました」

「それと、ブンガルスは一度、パオの所に戻れ」


 その命令に、ブンガルスは顔をしかめる。


「何故でしょうか。枝を付けたとなれば、必ず何かやって来る筈。その際は主殿をお守りしなければ」

「俺は冒険者だ。下手に危害を加えれば、軍とギルドの仲がこじれる。今の微妙な時期に、それは蒼狼も避けたい筈だ」

「……、了解しました。しかし万が一の為に、部下を数人、後方に付けます。それだけはお許しを」

「うむ、助かる」

「では」


 ブンガルスは狭い路地へと消えていった。


「それで、私の出番って事ね」


 入れ替わるようにしてエルウィンが現れた。

 貧民窟の調査をある程度終え、街全体の調査を始める為、エルウィンの同行を許したのだ。


「待たせたな」

「別に。だいたい、貧民窟の調査も私が一緒に行って良かったんじゃないの?」

「馬鹿言うな。貧民窟じゃお前は目立ちすぎるんだよ」


 俺がそう言うと、エルウィンはニヤニヤと笑う。


「それって、私が美人だからって事?」

「……」

「何か言いなさいよ!」

「とりあえず、市場に行くぞ。貧民窟以外で何か異変がないか調べる」

「ちょっと!シカトすんな!」


 俺がエルウィンを無視して歩き出した時だ。

 目の前に3人の軍人が立ちはだかった。

 全員が狼狗人ウェアウルフで、ガタイもいい。


「なんだ、アンタ等?」

「ちょーっとお話をよろしいかな?」


 ニヤニヤと笑う軍人たち。

 気が付けば後ろにも2人いる。


「憲兵さん達が、俺達に何か用か?」


 俺達を取り囲んでいる全員が、同じ腕章を付けていた。

 それは憲兵を示すモノ。

 つまり、街の治安を守る、逮捕権を持たされた軍人だ。


「いやね、ここ数日、変な輩が街をうろついてるって聞いてね」

「変な輩?アンタ等、これが見えないのか?」


 俺はギルドの認識票ドックタグをちらつかせる。


「俺達は冒険者だ。怪しい輩じゃない」

「これから市場に買い物に行くところなんだけど?」


 そう言って、エルウィンは怪訝な顔をしながら俺の腕に抱き付く。

 傍から見れば、ただの冒険者カップルにしか見えない。


「そんなに時間は取らんから。とりあえず、支部までご同行願おうか」


 相変わらずニヤニヤと笑う憲兵達。

 狼狗人は人型種族の中で、最も足が速い。

 逃げようとして無駄だと言いたいのだろう。


「任意同行だろ?拒否する」


 そう言って、俺が立ち去ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。


「大人しく来いよ。適当に罪状をでっち上げてやってもいいんだぜ?」

「職権乱用だな。中央政府に通報してやってもいいんだぜ?」

「何だと?」


 憲兵達の顔色が変わる。

 しかし、1人だけが未だにニヤニヤと笑いながら顔を近付けてくる。


「お前、西の事をよく理解してねー様だな。痛い目に遭いたくなかったら、大人しく付いて来いよ。お前は良くても、そっちの嬢ちゃんの事は心配だろ?」


 クソ野郎だな。

 このままでは殴り合いなりそうだ。

 憲兵を殴れば、公務執行妨害で現行犯逮捕される。

 全員を斬り殺して逃げたとしても、王国全土でお尋ね者になるだけだ。

 俺は賞金稼ぎバウンティハンターであって、賞金首バウンティ自体になるつもりはない。


「はぁ……、分かったよ。付いて行けばいいんだろ?」

「話が分かるようで安心した」


 憲兵がそう言った瞬間、後頭部に強烈な衝撃を感じた。

 俺の意識は有無を言わさずに霧散してしまった。


「ガル!?」

「女も黙らせろ。後でゆっくりと輪姦わしてやるぜ」


 エルウィンも同じく気絶させられ、俺達は憲兵達に拉致されたのだった。



「ブンガルス、フェイ様が憲兵に捕まった!」


 私は事務所へ戻ってきたブンガルスに言った。

 ちょうど先程受けた報告だ。

 吠様とエルウィン殿が憲兵に捕まったとの事だった。

 吠様に尾行が付いている事は分かっていた。

 それなのに吠様の傍を離れたブンガルスは何を考えているのか。


「承知しております。しかし、主殿たってのご希望でしたので、お傍を離れた次第です」

「……、恐らく、吠様はこうなるとご予想されていたのだろう。しかし、気絶させられて連れていかれるとは……」

「私の部下が、連れていかれた先を特定している頃でしょう」

「ならば早く動け!」

「御当主、焦る必要はありません」

「何……?」


 何を言っているんだ、コイツは。

 吠様が捕まったのだぞ、しかも不当に。

 早く助け出さなければ!


「御当主、お待ちください」

「今すぐ吠様を助けに!」

「主殿の御命令です、御当主。直接手を下すなと。御当主はここでお待ちください」

「吠様の御命令……?」

「はい。主殿はこうなる事を予想されておられました。捕まった場合、御当主は動かず、私が王都へ向かうようにと」

「動くな、と……?」

「はい。ですので、主殿が連れていかれた場所が判明次第、私はすぐに王都へ発ちます。御当主はくれぐれも動かずに」


 吠様は何を考えているのか……。

 昔とちっとも変っていない。

 誰よりも率先して死地に赴き、流れを変える。

 全く、私はまた、あの方を待つしか出来ないのか。

 私は拳を握り締めた。

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