第55話 僅かなる捕捉
「
扉の向こうからフィアットの声がした。
「入れ」
「失礼いたします」
「何があった?」
「調達班の一つがやられたとの事です」
「場所は?」
「
「蛇の仕業か」
「それが、どうも冒険者のようで」
「なに?」
冒険者が貧民窟に何の用があると言うのだ。
「ギルドを洗え」
「既に。しかし、西方支部にはそのような依頼の履歴はありませんでした」
「履歴がない……。ならば冒険者の単独行動か?」
「しかし、貧民窟を嗅ぎまわっているのは確かな様で、調達班が捕えようとしていた者達と共に、店に入って行ったとの情報が」
「……、フィアット、しばらくは餌の調達を控えろ。黄の縄張りだけで良い、手を出すな」
「は、既に派遣していた調達班は撤収済みです」
「ならいい」
しかし、冒険者が依頼とは関係なく貧民窟をうろつくとは考えづらい。
貧民窟は無法地帯なのだ。
いくら腕っぷしに自信のある冒険者であろうと、貧民窟内では何が起きるか分からない。
ギルドの助けも届かないのだ。
しかも、依頼ではないと言うならば、死んだところで誰にも骨を拾ってもらえない。
どう考えても、依頼がなければおかしいのだ。
「王国内全てのギルド依頼を調べろ」
「既に。しかし、70%を洗い終わりましたが、何も出てきていません」
「……おかしい」
貧民窟の調査など、金にならない筈だ。
調べてところで、何かあったとしても手出しが出来ないのだ。
貧民窟とはそれだけ特殊な場所である。
王国内のダンジョン。
いや、魔窟だ。
そこに敢えて手を出すとなると……。
「王国軍関係の可能性が高い……」
「はい。ですので、アーネストに調べさせています」
「あのジジイが何か掴めばいいんだが……」
王国軍が冒険者を使って貧民窟の調査をしているとして。
それは既に私の計画の片鱗くらいは勘付いているという事だろう。
私の縄張りならばどうとでもなるが、黄の縄張りとなると別問題だ。
なる程、だからこそ、そこへ差し向けたのか。
「例の東方司令部の兵士はどうなった?」
「サリィンは中央司令部にて謹慎中です」
「では、サリィンは関われないか……」
「それがそうでもありません」
「なに?」
フィアットが言うには、サリィンは中央司令部での謹慎処分を受けているが、実際は謹慎などでなく、上将軍の傍付きとして働いているらしい。
「上将軍だと……?有り得ない……」
「はい。これも何者かの策であると考えられます」
サリィンの謹慎を隠れ蓑にした中枢へのコネクション作り。
何とも大胆不敵な計画だ。
「つまり……、上将軍勅命の依頼の可能性……」
「はい」
「……、まぁいいだろう」
私は一瞬肝を冷やしたが、冷静に考えればそこまで逼迫している訳ではない。
軍は暗黒種族に対しては即座に対応できるが、民間人の関わる事柄に関しては腰が重い。
魔王軍との戦争のお陰で、敵対種族への対応は即座に出来るよう、法整備がされているが、内政への介入に関しては、全くなのだ。
つまり、暴動が起き、内戦状態に陥り、国王からの勅命がなければ、王国軍は何も出来ないという事。
すぐに軍が出てくる事態には、決してならない。
ならば、どうにでも出来そうだ。
「フィアット、この事はお前に一任する。好きに処理しろ。アーネストを上手く使え」
「御意に」
既にいくつかの計画が同時に走り出している。
もう止められない。
ならば、障害となるモノは全てなぎ倒すだけだ。
フィアットが部屋から去るのを確認して、私は葉巻に火を点けた。
†
「ウチのモンを助けて頂き、ありがとうございました」
俺とブンガルスは貧民窟の中にある、寂れた娼館にいた。
娼館とは言っても華やかな雰囲気など皆無で、ハッキリ言って女郎屋と言った方が正しいのかもしれない。
先程助けた2人はここで働く売春婦と店の用心棒だったようだ。
しかし、女は売春婦にしては痩せすぎているし、用心棒の男も体格に恵まれていない。
「いや、気にしないでくれ。友人の
「御仁方は、何処か別の組の方ですか……?」
この娼館を仕切っているという女将が、恐る恐る俺達に訊ねた。
「いや、俺達は冒険者をしている。今回は息抜きでここへ来ただけなんだが、その2人が
「大変助かりました。何も出来ませんが、好きな女を選んでください。お礼代わりに……」
「その必要はない、心遣いありがとう」
「しかし……」
「友人を助けるのに、お礼など要求しない。それより、色々と話を聞かせてくれないか?」
「話……?」
「あぁ。最近、ここもかなり雰囲気が変わったんじゃないか?」
「……、はい」
女将は小さな身体を更に小さくしながら話し始めた。
「最近になって、人が消える事が増えました。何の前触れもなく消える者もいれば、短期間の出稼ぎに行くと言って、未だに返ってこない者もいます」
「アンタ方の様子を見るに、食糧事情もかなりひっ迫している様だな」
「はい……。この辺りでの食糧の価格が倍近くに上がってしまい……。今まで通りの稼ぎでは、皆を満足に食べさせる事もままならなくて……」
なる程。
食糧の値段を吊り上げたのは蒼狼だろう。
それにより、貧民窟に住む者は困窮し、訳の分からない仕事も躊躇なく受けるようになる。
先程、女将の言っていた『出稼ぎ』というのは、恐らく屍喰鬼の餌になる人間を募る為の建前だろう。
そのようにして、体格のいい者からいなくなった。
それがこの貧民窟の現状。
ほぼ末期に近い。
「分かった、ありがとう。縁があればまた来る」
俺はそう言って、テーブルに銀貨を数枚置いた。
「これは……?」
「情報料だ、一時しのぎにしかならないだろうが、使ってくれ」
「な!?」
「帰るぞ、ブンガルス」
「はい」
俺達はさっさと娼館を出る。
「思った以上に状況が進んでいるな」
「その様で。いかがいたしましょうか」
「一度、書類で上将軍へ報告を上げる。もう少し調べてから、王都へ報告に行こう」
「承知致しました」
その時既に、俺達を見張る視線を感じていた。
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