第54話 芥場の事変

 ある程度の規模以上の西部の街には、必ず貧民窟スラムが存在する。

 様々な犯罪の温床になり得るが、それ以上に貧民窟以外の地域の治安を安定させる効果がある。

 要は、犯罪等を貧民窟に全て負わせているのだ。

 勿論、俺達が拠点としている街にも貧民窟がある。

 上将軍が懸念している貧民窟の変化。

 どうもそれが気になるので、先にそっちを調べたい。

 俺はブンガルスを伴い、2人で貧民窟の調査をする事にした。


「懐かしきかな、この臭い……」


 貧民窟独特の臭い。

 昔はそれが当たり前だった。

 今になってみれば懐かしい思い出の1つかもしれない。

 思い出したくはないが……。


「主殿は西都の貧民窟の御出身と聞きました」

「あぁ、そうだ。どこも同じ臭いがするな、貧民窟ってのは」

「私もこの国ではありませんが、貧民窟出身です。王国の外の貧民窟も同じ臭いです」

「ま、同じ出身同士、仲良くやろう」

「はい。まずはここ数ヶ月の動きについて、ご説明致します」


 貧民窟の奥へとゆっくり進みながら、俺はブンガルスの説明を聞いた。

 目立った動きとしては、人がいなくなる事。

 まぁ、そんな事は貧民窟ではいつも通りの事なんだが、どうもそれがそうでもないらしい。


「規模が違うのです。通常ならば、週に1人程度。しかも5日以内にはその死体が見つかるものです」

「確かに。ちょっとした喧嘩で死人が出るなんてよくある話だが」

「それが、ここ半月で消えた人数は24人」

「24人!?」

「いずれも死体どころか、痕跡すら見付かっていません」


 喧嘩なら何かしらのが残るもんだ。

 『綺麗』とは程遠い街並みだが、それ以上に物が散乱していたりするし、怒号を聞いたなどの情報もすぐに出てくる。

 ブンガルスが言うには、そう言うものも全く出てこないらしい。

 異常としか言いようがない。


「で、ブンガルス。お前はどう思う?」

「……、未だ状況証拠のみで、憶測の域を出ていませんが、それでよろしければ」

「充分だ、話してみろ」

「はい。裏にいるのはやはり九龍会。恐ろしくは屍喰鬼グール用の餌の回収だと思われます」

「俺も同じ見解だ。貧民窟の人間ならば、いなくなった所で問題は起きない。犯罪者や戸籍のない者が多いからな」

「しかし、既に上将軍はその動きを掴んでおられるのですね」

「あぁ、王国にも諜報組織は存在するからな。恐らく、現上将軍が肝いりで組織改革して、それなりの組織になっている筈だ」

「はい。我々やインとは違う組織の存在は、現場でも見掛けます」

「手は出さないでくれ。上将軍とは争いたくない」

「それは、御当主から厳命されておりますのでご安心ください」

「問題はタイパンだな」

「……、彼も今は御当主に従っております。以来、御当主はタイパンに監視を付けておられるようで」

「まぁ、せめてもの保険だな」

「あれ以上の命令違反はないかと思います」

「何故言い切れる?」

「タイパンは好奇心を抑えられないタチですが、既に隠への興味がなくなっています。隠のリーダーを見た事により、隠全体の実力を推し測った上で、相手にならないと判断したのでしょう」

「それは、仮にルインが屍喰鬼の諜報組織を作った所で、お前達の方が強いと踏んでいると?」

「そう自負しております。これは自惚れではなく、純然たる事実です」

「ならいいんだが……」


 正直、不安だ。

 確かに蛇は強い。

 パオに匹敵する実力者達だ。

 しかし、所詮は諜報組織。

 情報の掌握、後方攪乱は得意だが、集団戦には向かない。

 結局のところ、戦いで必要な歩卒だ。

 歩卒の戦闘があるからこそ、諜報が必要になる。

 いわば、荷馬車の両輪だ。

 片方だけでは敵をある程度倒すことは出来ても、倒しきる事は出来ないのだ。


「主殿、調査に関しては何処からお始めになるおつもりですか?」

「まずは、ベタに聞き込みからかな。貧民窟の異変について、もっと詳細に調べたい」

「かしこまりました」


 そう話している時だった。

 狭い路地の向こうから、争う様な物音がする。


「これはちょうどいい、行くぞ」

「はい」


 路地を少し進み、左に曲がった先は袋小路になっていた。

 そこには、少し痩せすぎな人間ヒュームの女と、竜鱗人リザードフォークの若い男が、追い詰められていた。

 竜鱗人は湾曲した特殊な形状の小剣ナイフを握り締めている。

 それに対して、その2人と対峙しているのは7人の男。

 所属もバラバラで、マチェット長剣ロングソード手斧ハンドアクスを手にしている。

 どう見ても一方的な形勢。

 俺は遠目にそれを眺めていると、怒鳴り声からだいたいの話の流れが分かった。


「大人しくすれば、命は取らんと言っとるだろうが」

「阿保か、コイツはウチの大事な稼ぎ頭や!オドレ等に渡せる訳ないやろ!」

「はぁ……、もうええ。男は殺せ。女は一回輪姦わしたれ」


 溜息を吐きたくなるのはこっちだ。

 何なんだ、この典型的な展開は。

 俺はブンガルスに目配せをする。

 ブンガルスもそれを理解し、頷いた。


「いてまえ!」


 男達が一斉に動いたのを見計らい、俺とブンガルスは男達に背後から襲い掛かる。

 がら空きの後頭部へ手刀を入れ、1秒もしない内に全員の意識を刈り取った。


「な!?何や、アンタ等!」

「お前等、所属はファンの店か?」


 俺が2人に問い掛ける。


「せやけど……、アンタ等は?」

「まぁ、黄の知り合いだ」

「黄様を呼び捨てに……」


 竜鱗人の男が逆に俺達を警戒し始めた。

 まぁ、そうなるか。

 俺は頭を掻きながら、説明を始めた。

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