第52話 秘中の秘

「サリィン・ローノー少尉、入ります」


 サリィンは、上将軍の執務室の前にいた。


「入れ」


 中から上将軍の声が聞こえる。

 ドアの前にいるだけで緊張しているのに、上将軍の声が聞こえると心臓が口から出そうになる。

 それもそうだ。

 上将軍は軍の最高位、軍の実権を握っている人物だ。

 何度か会っているが、今更ながらとんでもない事になったと思う。

 サリィンは地方採用の、いわば下っ端だ。

 兵卒の訓練課程しか出ていないので、通常ならば上級軍学校卒業者しかなれない筈の中央勤務など不可能。

 王国軍の兵士になるには幾つかの方法がある。

 1つは、サリィンの様な『兵卒訓練課程』を受ける事。

 兵卒課程は、健康な成人ならば誰でも受けれる。

 この過程を受け終わると『二等兵』の階級が与えられ、地方の司令部へ配属される。

 年に1回行われるこの過程は、各地方司令部が独自に行っているもので、そのままその司令部への配属となる。

 もう一つは、『王立軍学校』を卒業する方法。

 これは、通常の大学と同じ高等教育機関だが、入学時点で既に軍人の身分になり、給料が貰える。

 2年間、徹底した軍事教育を受け、卒業すれば『曹長』の階級が与えられる。

 卒業者の中には更に上級の『王立軍学院』へ進む者もいる。

 ここは学ぶ場所と言うよりも、『戦争の研究』を行う場所だ。

 なので軍学校とは違って、学位を取得する事が出来る。

 学校と言うよりも、研究所の色が強く、兵法学や魔法学など戦闘に直結する研究だけでなく、神学や考古学の研究も行われている。

 言ってしまえば、王国最高位の研究機関というイメージだ。

 軍学院に入るためには、軍学校の卒業が必須になっている。

 これは、国家の最高機密レベルの研究を行っているため、研究員を軍人の身分にする事で、漏洩などの抑止力にしているのだ。

 そして、もう一つが『士官学校』を卒業する事。

 士官学校に入れるのは、軍学校卒業者、または一般大学卒業資格保有者だ。

 兵卒過程しか出ていない現役の軍人で、いずれの条件にも合わない者でも、内部推薦があれば入学可能だ。

 ここでは、士官としての教育を徹底的に叩き込まれる。

 軍学校卒業者や、現役の軍人ならば難無く過ごせるだろうが、一般大学の卒業者にはかなりハードな生活だ。

 故に、入学者の殆どが軍学校卒業者か現役の軍人であり、一般大学からの入学はほぼ皆無に等しい。

 士官学校を卒業すれば、『少尉』の階級が与えられ、中央司令部を含む各司令部へ配属される。

 いわゆる『キャリア』と呼ばれるエリート中のエリートは、この士官学校卒業者を指す。

 そんなエリート達と同じ職場で、しかもそのエリートの中でも数人しかなれないになるのだ。

 緊張しない訳がない。

 サリィンは意を決してドアを開けた。


「本日付で、上将軍閣下の傍付きになります、サリィン・ローノー少尉です」


 敬礼がぎこちなくなってしまう。

 そんなサリィンを見て、上将軍は顔を綻ばせた。


「緊張しているな、サリィン。まぁ仕方ないか」

「私の様な地方採用の兵卒が、中央司令部で、しかも閣下の傍付きなど……」

「ハハハ、良いではないか。どれくらいの付き合いになるか分からんが、よろしく頼むぞ」

「はっ、よろしくお願いいたします!」

「さて、まずは仕事を覚えてもらう。オクト!」


 上将軍が名前を呼ぶと、1人の水棲人マーフォークの男が現れた。

 身長は180cm程で水棲人にしては小さい方だが、ガッチリとした身体をしており、『大尉』の襟章を着けている。


「オクトは長年、儂の補佐をしている。仕事についてはオクトに聞くと良い。頼むぞ、オクト」

「了解しました。よろしく、サリィン少尉」

「よろしくお願いいたします、大尉殿」

「挨拶も終わったな」


 上将軍は笑顔で立ち上がった。


「では、日課の散歩と行こう」

「はっ」


 そう言って、上将軍とオクトは部屋から出ようとする。


「……え?」

「サリィンも来い。散歩ついでに司令部内を案内しよう」

「え?」

「とにかく閣下と私に続け、サリィン少尉」

「はい……」


 状況が全く分からない状態でサリィンは上将軍の散歩にお供する事になった。



「ここから先は、基本的に将軍以上でなければ入れない区画だ」


 そう言って、上将軍は何もない壁に手を翳す。


「防犯用として、魔法陣の設置による光学的攪乱魔法と物理的障害魔法を走らせ、誰にも気づかれない作りだ」


 上将軍は翳した手をそのまま壁に押し付ける。

 押し付けたのはいいが、上将軍の手はそのまま壁をすり抜けていった。


「ここの存在を知っているのは王国内でも一部だ」

「ここは……」

「付いて来い、サリィン」


 上将軍は悪戯っ子の様な笑顔をサリィンに向けながら、壁の中へと消えていく。


「閣下!?」


 サリィンも恐る恐る壁の中へと進んでいった。

 壁の向こうには暗い通路があり、その両側にドアが並び、その窓から光が洩れている。


「ここは……」

「王立軍学院の中枢研究区画だ」

「え!?」


 上将軍の言葉にサリィンは驚いた。

 王立軍学院の研究棟は、中央司令部から500m程離れた場所にある筈。

 それぞれが独立した建物で、行き来するには一度外に出る必要がある。

 ここは中央司令部の建物の中なのだ。

 空間転移テレポートの魔法でも仕掛けてあったのだろうか。


「ハハハ、ここは中央司令部の建物の中だぞ、サリィン。空間転移テレポートなど使っていない」

「では、中央司令部内に軍学院の中枢研究区画があるという事ですか?」

「その通りだ。ここでは国家機密の研究を行っている。機密保持、警備体制等を考慮し、中央司令部内に作ったのだ」

「……、確かにその方合理的ですが……」

「お前に見せたいのはこれではない。付いて来い」


 上将軍は嬉しそうに奥へ進む。


「サリィン少尉、くれぐれもは他言無用で。漏洩した場合、即事になる」


 つまり、消されるという事だ。

 感情の読み取れない表情で非情な事を言うオクトに、嫌な汗が出る。


「見てみろ、サリィン。見覚えがあるのではないか?」


 上将軍はとあるドアの前で止まり、ドアの窓からサリィンに中を覗かせる。

 その研究室には7人の研究者がいた。

 その内の3人には見覚えがある。


「この研究者達……、我々がで捕まえた者達ですね」

「そうだ。研究者として優れているからな、軍学院の研究者としての身分を与えて、ここで研究に当たらせている」


 確かに合理的だ。

 実刑を課し、刑期を終えて牢から出たとしても、彼等が研究職に戻れる保証はない。

 前科持ちを雇う研究室など民間にはないだろう。

 ならば実刑を免除し、王国の機関で働かせる方がいい。

 悪戯っぽく笑う上将軍を見ながら、ガルの事を思い出すサリィンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る