第51話 正気と狂気
「スペリオ!スペリオー!」
ルーヴがドタバタと走りながら、僕を呼んでいた。
僕は
「どうしたの、ルーヴ」
「ボスからお褒めの言葉を頂いた!お金もだ!ほら!」
ルーヴは嬉しそうに小切手を見せてきた。
だけど、僕にはどうでもいい事だ。
研究が続けられるなら何でもいい。
そう言う意味で、今のボスは有り難い。
変に介入してこないし、定期的に報告を上げていれば、どんな事をしても咎めない。
お陰で結果も残せている。
僕の人生の中で、ここまで研究に没頭できるのは始めだ。
のめり込み過ぎてたまにルーヴから怒られるけど、それすら楽しい。
「うん」
「スペリオ、もう少し喜びなよー。研究費に出来るんだよ?」
「今更、研究費に困ってないからね、ルーヴが好きに使っていいよ」
「ダメだ、これは俺達の研究の報酬だ。俺だけが使うなんて出来ない」
「そう言うとこはホントに律儀だよね、ルーヴは」
「スペリオのお陰だからだろ?俺1人じゃ、何も出来ないんだから」
「そんな事ない。ルーヴの発想の飛躍があるから、僕の研究も前に進む」
「だったら、余計に2人のお金だ!使い道は2人で決めよう!」
「分かったよ」
「決まるまでは大切にしまっておくね」
「うん、頼んだ」
今回は、量産屍喰鬼の知能指数低下の原因を突き止めた事への報奨金なのだろう。
考えてみれば簡単な話だった。
人同士の共喰いは自然界では禁忌とされる。
理由は、迷信などではなく今回の知能指数低下の様に、明確な理由がある事が分かった。
今回確認出来た症状は知能指数低下だが、他にも色々と症状が出るかもしれない。
その辺りを調べるのも面白そうだけど、今はいい。
「ルーヴ、そんなことよりも、量産に向けての血肉の確保はどうなったの?」
「ボスがどうにかするって。それと、あの研究はどこまで進んでるか聞いて来てるよ」
「あぁ……」
ボスから言われなくても進めている。
僕の予想以上に進展しているので、これを報告すればまたボスは驚くだろう。
やはり、研究で人の度肝を抜くのは楽しくて仕方ない。
「理論は粗方出来上がってる。後はやってみるしかない」
「うーん、ボスに理論を教えても分からないだろうな。俺でも理解するのに時間が掛かったんだから」
「実際にやってみせるのが一番だよ。ただ、やるにしては素材が少なすぎる。屍喰鬼の量産とは別で、色々と便宜を図ってもらおう」
「要望は俺の方からフィアットさんに伝える。スペリオは好きに研究してて」
「うん、ありがとう、ルーヴ」
ルーヴとの付き合いはそんなに長くはない。
だけど、妙に居心地がいい。
大学の研究室で異常者としてしか扱われていなかった僕に、唯一話し掛けてくれたのがルーヴだった。
僕がやりたいと思う研究は、何処かで必ず『道徳』や『倫理』などと言った、しょうもない壁に阻まれてきた。
それによって僕は多大なる
その時の研究結果を論文にまとめて提出したが、とんでもない騒ぎになったのを今でも鮮明に覚えている。
僕が提出した論文はすぐに抹消され、大学の教授連中からは悪魔と呼ばれた。
結局、どの研究チームにも所属できず、僕は研究所内で干された。
そんな状態が2ヶ月近く続いたある日、ルーヴが僕に話し掛けてきた。
暇なら自分の研究を手伝って欲しいと言うモノだった。
彼は彼で、頭の回転が恐ろしく早いせいで、周りからは気がふれていると思われていたようだ。
しかし、研究に関する話をしていても論理の飛躍が多いため、彼の言っている事を理解できる研究員がいなかっただけだ。
彼は僕の事を天才だと言うけど、僕は彼こそが天才だと思っている。
今回の件も、彼がいなければ2年は研究が遅れていただろうと思う。
僕とルーヴはお互いを補完し合いながら、通常では考えられない速度で研究を進めている。
「ところで、理論は出来上がったって言ったけど、何処から着想を得たの?」
「うーん、ルーヴは暗黒種族と話した事はある?」
「暗黒種族?会った事はあるけど、話した事はないなぁ」
「ある
「真理……」
「うん。そこには現在、過去、未来の全てが記憶されているらしいんだ」
「つまりその『真理』から、欲しいモノだけを引き出そうっていうのが、最初の着想なのか」
「そういう事。触れられるなら、取り出せる筈。取り出せるなら、取り出すモノを選ぶ事も出来るんじゃないかってね」
「つまり、触れる為の触媒、選ぶ為の触媒、取り出す為の触媒が必要になるって事か」
「それに加えて、定着させる為、同期させる為のモノも必要になる」
「定着させる実験体も要るね」
「うん。だからボスに頼むしか……」
「スペリオ」
「なに?ルーヴ」
「俺達、ここに来てから楽しい事ばかりだね!」
「うん、こんなに思いっ切り研究が出来るなんて夢みたいだ!」
恐らく、また数え切れない程の命を消耗させる事になるだろう。
僕達は新しい玩具に目を輝かせる幼子の様に、嬉々として研究へのめり込んでいった。
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