第48話 決断と分断
その日の大将の店は、いつも以上に賑わっていた。
エルウィンはテキパキと仕事をこなし、客達もそんなエルウィンを目当てに集まっている。
セリファには申し訳ないが、エルウィンの美貌は人智を超えている。
何気なく、一緒に暮らしていると忘れてしまうが、やはりこの古代
「賑わっとるのぉ」
俺とグロー、スゥの3人は晩飯を大将の店で済ませた。
例に漏れず、エールを飲みながら。
「エルウィン目当ての客だな。注文運ぶごとに、どのテーブルでも口説かれてる」
ニシシと笑いながら、俺はエールを飲む。
「まぁ、見てくれだけはいいからのぉ」
「誰が『見てくれだけ』ですって?」
グローの背後にエルウィンが立っていた。
「さーて、誰の事だろうのぉ」
「ったく……。はい、サイコロステーキ」
「ステーキ!ボクの!」
「スゥ、お腹いっぱい食べるのよ?お金はグローが払ってくれるから」
「なんでワシなんだ!」
「いつもガルが払ってるんだから、たまにはグローが払いなさいよ」
「飯と酒代も含めて、ガルに雇われてやっとるんだぞ!」
「そんな契約は交わしてないぞ」
「いんや!取り分もガルが一番多いのだ!ガルにはワシ等を食わせる義務がある!」
「全部均等に分けてるんだが?」
「嘘を吐け!だったら何故、お主は金欠にならんのだ!ワシはいつでも金欠だというのに!」
「それはお前が酒ばっか飲んで無駄遣いするからだろうが!人のせいにするな!」
「アンタ等ねぇ……、セリファがアンタ達に頭抱えてた意味が分かるわ……」
エルウィンは呆れなら、他のテーブルの追加注文を取りに行った。
「なかなか様になっとのぉ、エルウィンの奴」
「何でもそつなくこなせるからな。戦いしか能がない俺らとは基本スペックが違う」
「美味しい!」
「スゥ、溢すなよ?」
「うん!ガルも食べる?」
そう言って、スゥはサイコロステーキの一つをフォークで刺し、俺の方へ差し出した。
「はい、あーん!」
差し出された肉を頬張る。
旨い。
程よい塩加減に、鼻に抜ける
肉汁と葡萄酒で手早く作ったであろうソースも、肉の旨味を引き立てている。
これはエールが進んでしまう。
「やっぱり旨いな、大将の料理は」
「私の料理が不味いみたいな言い方するじゃない、ガル?」
怖い笑顔でエルウィンが立っていた。
こういう事は全く聞き逃さないコイツは隠密か?
「そういう意味じゃねーよ」
「全く……、あんまり飲み過ぎないようにね」
俺がエールちょうど飲み干した所に、次の樽ジョッキを持ってきてくれた。
他のテーブルの客も、エルウィンのお陰でいつも以上に料理や酒が進んでいる。
給仕としては出来過ぎだ、これはこの店も繁盛する。
「客単価上げるのが上手いな、エルウィンの奴。給仕の方が天職なんじゃないか?」
「ガハハ!セリファが帰ってこれなくなるのぉ」
「冗談よしてよ。私は冒険者、給仕になる気はないわ」
料理や酒を運びながら、俺達との会話もこなしている。
これは大将が手放さなくなりそうだ。
とは言っても、早く正式な給仕を雇い入れてもらわなければ、いつまでもエルウィンを貸し出す訳にもいかない。
いい機会かもしれない。
俺はスゥの方を見た。
「……、スゥ」
「何?ガル」
「お前、この店で働かないか?」
「え?」
流石のスゥも目を丸くした。
「どういう事……?」
「スゥ、お前はしばらく街で暮らせ。もう少し大きなってから、また冒険者を始めたらいい」
と言うのも、これ以上小さな子供を巻き込みたくないのだ。
確かに、
しかし、戦力である以前に、この子はまだ子供なのだ。
しかも、九龍会との因縁を持っている。
これ以上、九龍会との戦いに連れ回したくない。
「ボクは、要らないって事……?」
「スゥ、お前は強い。だが、ここから先は離脱しろ。お前には、普通の生活を送って欲しい」
「……、ボクの事が邪魔なの……?」
「違う。お前には生き残って欲しい。もっと色んな人と出会って、もっと色んな世界を見て欲しい」
「ガルは……、死ぬ気なの?」
「まだ死なない。いや、まだ死ねない」
「だったら、ボクがガルを守るから!一緒にいさせて!」
「ダメだ。お前は九龍会と関係ない生活をしろ」
店内の喧騒がまるで別の次元の様に、俺達のテーブルは静まり返った。
グローは黙ってパイプを吹かしている。
「スゥには俺みたいにならないで欲しいんだ。折角、普通の生活が手に入るのに、わざわざ巻き込まれる必要はない」
スゥは涙を溜めたまま俯いて、店の外に出て行った。
「ガル」
ようやくグローが口を開く。
「お前、行く気なのか」
「……、すぐにではない。けど、行く事になる」
「ワシ等の事はどうでもいいと言う事か」
「お前等は俺がいなくても大丈夫だ。頼む、グロー。スゥに普通の生活をさせてやってくれ。俺みたいな奴は、俺の代で終わりにしたい」
「……、勝手なもんだの」
「すまない」
「ワシに謝るな。お主が謝るの相手は別におるではないか」
グローはそう言って、店の扉を指差した。
「そうだな……」
「エルウィンにも言っておけ。
「はぁ……、モテる男は辛いな」
「お主は一度地獄に落ちろ、馬鹿が」
俺は席を立ち、テーブルに金を置いて店を後にした。
1人テーブルに残ったグロー。
「大馬鹿モンが……!」
グローがエールの入った樽ジョッキを握り潰した事を、俺が知る事はなかった。
『辞令:人事異動編』————Quest Accomplished
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