第47話 空虚と焦燥

「行っちゃったわね、2人とも」


 サリィンとセリファが出発した後、2人の荷馬車が通った門を見つめていた俺に、エルウィンが話しかけてきた。


「あぁ、これであの2人は安全だ。中央軍の精鋭が護衛についてるらしいしな」

「少しは安心した?」

「え?まぁ、巻き込みたくなかったんだがな。中央なら問題ない」

「……、ガル」

「ん?」


 意味あり気に俺を呼んでおいて、エルウィンは俺を見つめるだけで、何も言わない。


「なんだ?」

「……、ううん、何でもない」

「なんだそりゃ。そうだ、大将が寂しがってないか見に行こうぜ」

「それはそれで悪趣味よ、ガル……」

「ハハハ!」


 俺達は大将の店に顔を出した。

 まだ営業時間ではないので、店の中は薄暗い。

 しかし厨房の方は大将が仕込をしているのか、灯りが付いていた。


「大将、泣いてないか?」


 ニシシと笑いながら厨房を覗くと、大将が物凄い剣幕で俺を睨んできた。


「何だよ!?」

「ガル、テメェ、勝手にウチの給仕を中央にやりやがって!今日からどうやって店を回すんだよ!こっちの迷惑は考慮に入れてないってか!?」


 どうやらセリファをサリィンと一緒に中央へ送ったのがまずかった様だ。

 確かに、大将には全く相談していなかった。


「あー悪い、大将。アイツらの為だ、大目に見てくれ」

「そういう事じゃねー!」

「じゃあ何だよ!」

「新しい給仕はお前が探してこい、ガル!」

「なっ!?」


 とんでもない事を言いだしやがった。

 確かに、何の相談もなくセリファを中央に送ったのは俺の落ち度だ。

 しかし、今から見付けて来いというのも無理な話である。


「……、仕方ねぇ、今日だけは俺が代わりに働いてやるよ」

「……、お前はダメだ」

「なんでだよ!」

「昔っから手癖が悪いからな。勤務中にエールを飲みかねん」

「アハハ!それは言えてるわね、大将」

「んなことしねーよ!」

「いんや、お前に頼むくらいなら店を閉める」


 俺はそんなにも信用がないのか?


「今日だけで良いなら、私がやるわ」


 笑いながらエルウィンが言う。


「……、エルウィンなら大丈夫そうだな」

「そこの違いは何なんだよ……」

「日頃の行いだ」


 何ともひどい話である。

 とりあえず今日はエルウィンがやるにしても、正式な給仕を見付けなければならない。

 少し考えた後、俺は大将にある提案をした。



「よろしいのですか、吠様……?」


 サリィンとセリファが中央へ出発する前日。

 俺は街の外でパオと会っていた。

 豹がを招集した事から、先日のタイパンの行動、今後のインの動きの予測などを話していた。


「よろしいも何も、状況が悪くなる一方で、やれる事と言えばそれくらいだろ」

「それはそうですが……」


 タイパンの勝手な行動のお陰で、稼げると思っていた時間が大幅に減った。

 計画の繰り上げは必須で、それでも間に合うかは分からない。

 更に、隠の問題は蛇で解決すると考えていたせいで、ルインが屍喰鬼グールで諜報組織を作るなど、想定外も甚だしい。

 情報戦だけでも優位に立てる筈が、それが元の木阿弥である。


「しかし、どうなさるおつもりですか?」

「どうって?」

「他の皆さんの事です」

「アイツらも馬鹿じゃない。どうにかなるさ」


 口ではそう言ったが、俺としても心配なのが正直なところだ。

 軍とギルドを巻き込んだ例の作戦に参加した者の名前が既に漏れている可能性もゼロではない。

 となると、作戦関係者全員が狙われる可能性もある。

 それを防ぐには、奴等が考えている攻撃対象候補を必要がある。


「吠様。吠様はまだ動くべきではありません」

「何故だ」

「恐らく、くだんの作戦関係者への襲撃はしばらくないと思いますが、監視の付く可能性はあります。ここで動けば、奴等は吠様のみを警戒するでしょう」

「他の関係者への被害は少なく出来るじゃないか」

「いいえ、今はまだ動かず、関係者全員を満遍なく警戒させるのです。その為には人員も必要になります。我等と争いながら、多くの関係者への警戒を続けるのは隠にも不可能です」

「戦力は分散させて、拮抗状態にするって事か」

「はい。その方がよろしいかと」

「お前たちの方は大丈夫なのか?」

「問題御座いません。既に、殆どの蛇が王国内に侵入しております。人数も練度も十分です」

「……、分かった。豹の言う通りにしよう。だが、状況が変わればすぐに動く。その為の準備もしておく。ファンとの連携を密に出来るように頼む」

「御意に」


 豹が去った後、俺はゆっくりと紙巻煙草を吹かした。

 心配ではあるが、今は豹の言う通りにしておこう。

 俺は焦りを感じ始めていた。

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