第46話 必要なモノ

「よいしょっと……。少尉、荷物はこれくらいですか?」


 コフィーヌは荷馬車に荷物を積み込んでいた。

 この荷物はサリィンの私物、引っ越しの準備だ。


「ありがとう、コフィ。これで私のは全部だ」

「では、セリファ殿の家に参りましょう」

「悪いな、非番なのに手伝いをしてもらって」

「お気になさらず。しかし、しばらく少尉と会えなくなるのは寂しいですね」

「なに、ガル殿を始め、皆さんが街にいらっしゃる。私1人がいなくても問題はない」

「そういう事ではなく……。私はずっと少尉の副官として動いていましたので、いささか不安で……」

「それこそ心配はない。コフィは賢い、この街を守れるさ」

「命に代えても、この街は守ります!」

「頼んだぞ」


 2人は敬礼を交わした。


「サリィン、準備出来たか?」


 兵舎の門の前で、俺はサリィンを待っていた。


「ガル殿。早々に戦線離脱する事になり、申し訳ございません……」

「大丈夫だ、むしろよくやってくれた。結局は俺の身代わりスケープゴートになってもらった訳だしな」

「私の方が先に戦線離脱するのに、身代わりと言えるのでしょうか……」

「サリィンが中央に行けば、九龍会も手出しが出来なくなるからちょうどいいんだよ」

「私だけ先に安全になるのも……」

「気が引けるって?バーカ、サリィンには、九龍会の内部抗争の後処理でこき使う予定だからな。それまでは上将軍の元でしごかれとけ」

「こき使うって……、その時を楽しみにしておきますよ、ガル殿」


 そう言って、サリィンは右手を出した。


「おう、しばらくの間だが元気でな、サリィン」

「ガル殿……」


 そう言って、サリィンは一度俯いた。


「死なないで下さいよ、ガル殿」


 真剣な眼差しだった。

 俺は思わず言葉に詰まった。


「……、努力する」


 俺にはそう返事するしか出来なかった。



「セリファさん、よろしいですか?」


 サリィンが私を迎えに来た。


「はーい、ちょっと待ってね」


 私は玄関の扉を開ける。


「準備は整いましたか?」

「うん、とりあえずは、かな。片付けてみると、意外と物が少なくて自分でもびっくり」


 そう言って、引越し準備の完了した部屋を見つめる。

 寝台ベッド箪笥チェストなどの大きい家具は家具屋さんに処分してもらった。

 必要な物だけを箱に詰め、不要な物はエルウィンや友人に譲ったりしていたら、結局私が持って行く荷物は小さめの箱2つ分くらいになった。


「これだけでいいんですか?」


 サリィンが2つしかない箱を見つめて言った。

 確かに、女の子の荷物にしては少なすぎるかもしれない。


「これくらいになっちゃった。本当に必要な物って案外少ないのね」

「ホントにこれだけでいいんですか?」

「いいのいいの!必要になればまた買えばいいし」

「何だか、私の方が大荷物なのが恥ずかしいです……」


 そう言って、サリィンは肩を落とす。

 こういう所は可愛らしい。


「何言ってるの、必要な物は捨てなくていいの」

「それはそうですが……」


 サリィンはモジモジしながら、言いにくそうに喋り出した。


「この街での思い出……、と言うよりも、ガル殿との思い出を捨てて行こうとしていませんか……?」


 それは余りにも突拍子もない事で、私は思わず目を見開き、数秒遅れて大笑いしてしまった。


「サリィン、貴方まだガルに妬いてるのね!」


 ダメだ、笑い過ぎてお腹が痛くなってきた。


「そんなに笑わなくても……」

「だって、サリィンがっ、アハハハハ!」


 大笑いする私を見て、サリィンは余計にしょんぼりとして、肩を落とす。

 サリィンはガルと違って生真面目だし、感情がすぐに表に出てしまう。

 分かりやすいし、子供の様に拗ねる事もある。

 サリィンと一緒に過ごす時間が増え、人となりが分かるにつれ、世話を焼きたくなるような、そんな気持ちが湧いてきていた。


「サリィン、貴方はもう少し自分に自信を持ちなさい」

「そう言われましても……」

「戦後配属組の出世頭でしょ!」

「それは私1人の功績ではありません。ガル殿を初めとした皆さんのお陰であって、私の実力では……」

「貴方が何を言ったところで、その功績が貴方の認められたから、少尉になったんでしょ?今回だって、ガルの口利きとは言っても、貴方を認めているから、大将軍は貴方を傍付きにした。貴方が今言っていることは、自分では謙遜に見えるだろうけど、実際は貴方を認めてくれている人達を冒涜しているのよ。だから、それ以上自分を卑下しないで」


 私は幼い子供に言い聞かせるように言った。


「それに、そんなんじゃ私が捨てるわよ?」

「え!?」


 そう言えば、肝心な事をサリィンには伝えていなかった。


「サリィン、そろそろ私の事は呼び捨てにしてくれない?他人行儀過ぎて。それに、敬語も辞めて」

「はい……、分かりました……。あっ……」

「フフフ」


 癖なのか、言った傍から敬語を使う。

 私はそんなサリィンを微笑みながら抱き締める。


をまだ言ってなかったわね」

「え……?」


 そして、私の方から唇を重ねた。

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