第45話 傾向と対策

「ルイン、どういう事だ」


 蒼狼ツァンランとの面会をフィアットに申し込んだのは俺だが、蒼狼自身も俺と話がしたかったらしい。

 それもそうだろう。

 ここ1週間で、インの実働部隊の3分の1が潰されたのだ。

 いくら蒼狼でも焦る。


「蛇だ」

「蛇?それはお前の隠の旧形体だろう」

「いや、蛇が残っていたんだ、国外に。俺が引き継いだのは国内に残り、隠となった組織だけだったらしい。蛇は王国の混乱期に王国の内と外で2つに分かれ、国内に残ったのが隠となり、国外はそのまま蛇として生き続けていたようだ」

「そんな話は知らんぞ」

「当たり前だ、俺だって知らなかった」

「厄介にも程がある。とにかくお前は諜報網の再構築を急げ」

「そんな事は分かっている。しかし、金も人員も全く足りていない。急に増員した所で質の低下は必然。同じように潰されるのがオチだ」

「だからと言って、このまま指を咥えて部下が死ぬのを見ているつもりなのか」

「そうは言ってない。俺に1つ考えがある」

「……、お前の考えは金の掛かる話しかないからな……」


 蒼狼は深い溜息を吐いた。

 俺が考えている事が正確に分かっている訳でないだろうが、金の掛かる事であるとは察しているらしい。

 全く、こういう事にはよく鼻が利く会長だ。


「アンタ、屍喰鬼グールの量産を開始したらしいな」


 蒼狼が目を見開く。

 俺のその一言で、蒼狼は今度こそ俺の案の全貌が見えたらしい。



「御当主、今いいか?」


 ちょうどファン様との打ち合わせが終わった所に、タイパンが訊ねてきた。

 現場の指揮は彼に任せている。

 人間ヒュームながら、フェイ様を超える長身だが、群衆の中でも目立たずに紛れ込めるから恐ろしい。


「何かあったか、タイパン」

「勝手ながら、隠のリーダーに会ってきた」


 は?

 コイツは何を言い出しているんだ?

 冗談にしてはタチが悪過ぎる内容だ。


「何を言っている……?」

「いやだから、隠のリーダーであるルインと会ってきたって言ってるんだ」

「……、何をしている!?お前はバカか!?」


 思わず大声を出してしまった。

 私の声を聞き付け、部屋の中からシロが顔を出した。

 黄様もその後ろからこちらを見ている。


「何があったのです?」

「いや、俺がルインに会ってきたって話をしていた」

「……、貴方は本当に自由奔放ですね……」

「呆れている場合か、シロ!」

「しかし、もう会ってしまったのでしょう?ならば仕方ありません。これでは私の策も意味が無い」

「ハハハ、御当主と違ってシロは物分かりが良くて助かる」

「それは御当主への不敬と取れます。斬りますよ?」

「そういう意味じゃない。ただ、俺は建設的な話がしたいだけだ。怒られに来た訳じゃないしな」

「そんな簡単に流せるような話ではない!ルインと会ったなら、何故殺さなかった!」

「今はその時期じゃないからですよ、御当主。今殺せば、黄様の陣営は確実に負ける」

「それが分かっていて、何故会いに行ったの?」

「見てみたかったんだ、蛇のなれ果ての長を」


 それを聞いてシロは大きな溜息を吐いた。


「貴方の事です。どうせ、ルインが実力者なら寝返っていたのでしょう?」

「御明察。しかし、アイツは強くない。相手にはならん」

「そういう問題ではない!何故わざわざ正体を晒した!相手が特定できない事が、どれだけ有利か理解していないのか!?」


 情報と言うモノは、常に方向性を持っている。

 情報操作であろうが襲撃・暗殺であろうが、仕掛けているのが誰なのか分からないから効果があるのだ。

 誰が仕掛けるのか分かっていれば、偽装フェイクハッタリブラフすら意味をなさなくなりかねない。

 隠から見れば、誰から攻撃を受けているのか、その組織は1つなのか、国内の組織なのか、王国政府や王国軍との関係はあるのかなど、正体を知らないというだけで、これだけ多くの事を考慮し、考えられる全ての方面にアンテナを張る必要に迫られるのだ。

 それがどれほどの優勢アドバンテージなのか、まさか現場を取り仕切るタイパンが分かっていない筈がない。

 だからこそ、信じられなかった。


「まぁ、落ち着いてくれ、御当主」

「これが落ち着いていられるか!」

「タイパン、何か考えがあるの?」

「会ってみて分かった。ルインは強くない。しかし、馬鹿ではない」

「そんな事は分かっている!」

「いや、俺自身は知らなかった。実際会ってみたお陰で、どう動くべきかも掴めた。奴が今後、どう動くかも予想しやすい」

「それで、ルインはどう動くと思うの?」


 タイパンに何か考えがある様で、それをシロが聞き出す。

 1人で怒っていた私が馬鹿みたいに思えてきた。


「まずは、減った人員の補充だが、奴の事だ、予備人員を含めた全員を放つだけでだろう」

「新たには育てないって事?」

「新たに育てるのは、恐らく屍喰鬼グールだ」

「な!?」

「奴等、屍喰鬼の量産実験をしていたんだろ?」

「それは隠ではなく、九龍会の方だ」

「だが、その屍喰鬼をルインに融通するだけだ、造作もないだろ」

「つまり、隠とは別に、新たな諜報組織を作るという事か!」

「隠を隠れ蓑にしてな。知能も高く、身体能力も規格外の屍喰鬼を暗殺者アサシンに育てる事が出来れば、俺達でも太刀打ちできない部隊が出来上がってしまう」


 何を平然と喋っているんだ、このタイパンは!

 問題しかないじゃないか。

 黄様の手勢は未だに蒼狼よりも少ない。

 せめて情報戦だけでも優位に進める為に、蛇を招集したというのに!

 私の考えが全て水泡に帰してしまった……。


「御当主、そんなに気を落とされるな。屍喰鬼を育成するのは、通常の隠の予備人員を育成するよりも難しい。すぐに屍喰鬼の暗殺者が現場に出てくる訳ではない」

「だとしても、我々に残された時間は余計に少なくなった訳だぞ。隠を早急に壊滅させる事も叶わず、屍喰鬼の懸念まで……」


 私は頭を抱えた。


パオ、しばらくお前は私と行動を共にしろ」


 黄様の命令は突然だった。


「はい……?」

「タイパンのお陰で、余計に急ぐ必要が出てきた。ならば、急ぐしかあるまい。元老会のメンバーの攻略を済ませる。お前の力が必要だ」

「御意に。タイパン」

「うん?」

「お前、今後何かしらの行動を起こす時は、必ずシロへ連絡しろ。いくらお前が実力者であろうと、次に勝手な行動をとった場合は殺す」

「分かったから、そんなに怒らんでくれ……」

「お前のお陰で全てが台無しだ!」


 私は激昂しながらも、タイパンに対して一抹の不安を感じていた。

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