第44話 前哨戦の鏑矢

 ある日を境に、現場に出ているインの消耗が一気に増えた。

 何かが動き出した、それだけは分かる。

 しかし、それが一体何なのか、全く見当もつかなかった。

 王国最強の諜報組織である隠が悉く潰されていっている。

 しかも、何の証拠も残さずにだ。

 俺は言い知れない恐怖を感じていた。


「ルイン様」


 部下の1人が俺の元へ来た。


「なんだ」

「また7名やられました。このままでは予備人員すらいなくなります」

「育成を急がせろ」

「しかし、それでは質が落ちます」

「落ちた質は量で補え!それ以前に、まだ敵の正体が分からんのか!」

「はい、それが全く……」

「クソ!とにかく人員の増強を急げ。俺は素材の打診をしてくる」

「はっ」


 部下は消えた。

 俺は深い溜息を吐く。

 頭が痛い。

 蒼狼ツァンランファンの戦いはまだ始まってすらいない。

 起きても小さな小競合い程度で、そんな事は5年前から何も変わっていないのだ。

 それなのに、諜報に関しては既に戦争状態。

 これは、黄の攻勢が近いという事なのだろうか。

 とにかく蒼狼に会わなければ。

 予備人員として育成するためのを融通してもらわないと。

 俺はフィアットに連絡し、蒼狼に直接会う事にした。


「ん?」


 フィアットへ使者を送った直後だった。

 俺の部屋の中に妙な気配がした。

 誰か入ってきた。


「誰だ、姿を見せろ」


 俺がそう言うと、背後にソイツは現れた。


「どーも」


 ソイツは2メートルを超える長身の男だった。

 全身黒一色の服装に、黒いフードを深々と被り、口元もよく分からない程だ。

 俺はその姿に見覚えがあった。

 いや、見覚えがあるどころの話ではない。

 その姿は、昔の隠の姿そのものなのだ。

 まるで過去から現れた亡霊の様に、現実味のない影の様に、その男はその場に立っていた。


「貴様……」

「お前の蛇は弱いな。数は多いが、その分、質も落ちている」

「何だと!?」


 蛇だと!?

 有り得ない。

 蛇は隠になったにのだ、100年近くも前にだ。

 それが今更蛇だと。


「王国内部は余程平和なのか、羨ましい限りだ」

「蛇だと?有り得ない……。蛇などもういない筈だ!」

「いるだろ、現にこうして」

「蛇は九龍会に雇われ、隠となったのだ!」

「それはの話だろ?」


 俺はそこでハッと気が付いた。

 ルーインバンクは全世界を包み込む諜報網を持っていたと聞いている。

 しかし、王国混乱期のルーインバンクの没落から、蛇は隠へと変わった。

 王国内の蛇と王国外の蛇が分離していたという事か!

 俺が先代から引き継いだのは、隠と名前を変えた王国内の蛇のみ。

 つまり、この男を含む蛇を率いているのは……。


小豹シャオパオか……」

「お前に質問する権利はない。俺の仕事は情報を奪う事であって、与える事ではない」

「いいや、その返答だけで充分だ。で、今日は何の用だ?」

「特に用はない。お前を見に来ただけだ」

「なんだと?」

「俺は強者に付いて行く主義でな。お前が現当主より強いなら鞍替えもアリだとは思ったが……」


 長身の男はそこまで言って、ユラリと闇に消えていった。


「豹に伝えろ!貴様を潰すとな!」

「ハハハ、勢いだけは良し。しかし、お前はもっと自分を鍛えろ。では御当主の出番すらないではないか」


 その声を最後に、男の気配は消えた。

 わざと気配を出して、俺に気付かせたのだろう。

 入って来た事には全く気付かなかった。

 失態だ。

 敵はいないと高を括っていたからだ。

 これはかなりマズイ。

 とにかく、蒼狼に会わなくては。

 隠を強化するにしろ、人員を増やすにしろ、金が要る。

 選抜の精鋭部隊もいくつか作らないと、このままでは豹の蛇にすり潰されてしまう。

 俺はかつてない焦りを感じていた。



 私は黄様へ、招集した蛇に関しての報告をした。

 それと一緒に、これからはシロを連れて行動をして頂く事、黄様への報告は私自身かシロから行う事など、諸々の説明をした。


「シロか……。絹糸の様に美しいな」

「ありがとうございます。これからはこの命に代えても、主様をお守り致します」

「豹、お前の蛇に関してはだいたい把握した。しかし、シロの前で言うのもなんだが、信用できるのか?」

「それは……」

「恐れながら、主様。我々は、自らが認めた御当主を裏切る事は、決してありません。故に、王国玄冬期の御当主の命令を守り、現在まで国外での活動のみを行っていました」

「しかし、国外での活動と言っても、今までは報告を上げる先がなかったのではないか?」

「仰る通りにございます。しかし、御当主の命令は御当主の命令でのみ変更されます。報告を上げる云々よりも厳命されたのが国外での待機でしたので、現御当主の召集命令まで、当主令に従っていたのです」

「……、命令には忠実、という事か」


 黄様の疑念は完全に晴れた訳ではないが、ある程度は信用してくださった様だ。


「黄様、シロは計略に長けております。相談役としても十分に役に立つかと」

「うむ、この時期に参謀が傍にいてくれるのは心強い。いつでも遠慮なく意見を述べてくれ、シロ」

「有難きお言葉」

「それで、豹。今後はどうするつもりだ?」

「ルイン率いる隠に関しては、時間を掛けてすり潰していくつもりです」

「何故だ?すぐにでも壊滅させられるのではないか?」


 黄様の言う通りだ。

 現状、ルインは私の率いる蛇の全貌を全く掴めていない。

 それは好機ではあるが、まだその時期ではないのだ。


「すぐには潰しません」

「だから、何故だ?」

「ルイン率いる隠は、現状、蒼狼の目であり耳です。それを突然失えば、蒼狼側は予想外の行動に出ると思われます」

「つまり、武力をもって攻勢に出ると」

「我々は未だに、兵力では負けています、圧倒的に。今、蒼狼に攻勢に出られたら、潰されるのは我々です。あくまでも、我々の目標は蒼狼。隠ではないのです、黄様」


 シロの言う通りだ。

 我々が戦争をする相手は隠ではない、蒼狼なのだ。

 本願を見失えば、必ず失敗する。

 隠の存在は厄介なの事は確かだが、だからと言って完全に排除する訳にもいかないのだ。


「それに、隠には利用価値がございます。隠の実働部隊の実力は、ここ数日で推し測れました。手玉に取ってご覧に入れます」

「シロ、何か策があるのか?」

「御当主、試してみたい事がございます。よろしいでしょうか?」

「黄様、よろしいですね?」

「あぁ、任せる。私は兵力の増強に注力する事にしよう」

「お願い致します。最後に必要となるのは兵力です。その事を、お忘れないよう」

「分かっている。隠に関してはお前達に一任する。頼んだぞ」

「御意に」

「承知」


 しばらくは、蛇と隠の影の戦いになるだろう。

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