第38話 闇を歩む者達

蒼狼ツァンラン様」


 フィアットが部屋に入ってきた。

 東方司令部のサリィンの周囲を探らせていた様で、何か掴んだに違いない。


「何か分かったか?」

「それが……」


 何とも歯切れが悪い。


「どうした?」

「サリィン周辺を洗わせていたインとの連絡が途絶えました」

「何?」

「それだけではありません。西方以外の地域で活動させていた隠が、少しずつですが、着実に数が減らされています」


 おかしい。

 軍やそれ以外にも諜報を得意とする部隊を持つ組織は存在するが、隠の実力は王国内随一だ。

 それが喰われているのだ。


「サリィンの事は置いておけ。まずは何処の組織が隠へ攻撃しているのか特定しろ」

「はい、既にその作業に移っていますが、どうも尻尾が掴めません……。隠をよく理解している様な動きを見せているのも確かです」

「まさか……、内部分裂の可能性は?」

「あり得ません。隠は彼奴あやつに絶対服従、逆らう様な意思を残しておりません」

「……、とにかく調べろ。暗殺に向かわせた奴等も一度退かせた方が良いかもしれんな。サリィンをていのいいデコイに利用している可能性が高い」

「はっ、直ちに」


 フィアットが部屋から出て行ったのを確認して、俺は頭を抱えた。

 隠の諜報網に支障が出れば、多大なる影響を被る。

 元々、隠とは王国御用達の諜報組織だった。

 起源は約100年前の王国混乱期よりも更に古く、旧王制下でかなりの力を持っていたらしい。

 まぁ、全て親父からの受け売りなのだが。

 混乱期の後、新たな政治体制となった王国は、諜報組織の長を務めていた貴族を政界から排した。

 事実上の取り潰しだ。

 これによりその貴族と諜報組織は、活動の舞台を裏社会へと変えた。

 しかし、今までの大きさのままで組織を維持する事は難しく、次第に小規模になっていったいう。

 そんな中、親父がその組織を取り込み、成長させたのが今の隠だ。

 情報とは、時に剣よりも鋭く敵を貫く。

 その事に早々を着目した親父は、隠にかなりの金をつぎ込み、諜報網の復活と人員の増強を進めた。

 そのお陰で、隠は王国で随一の諜報組織に返り咲いたのである。

 その隠が、じわじわと削られている。

 信じ難い状況だ。


「ルインを呼ぶか……」


 ルインとは隠を統率する男、フィアットが『彼奴』と呼んでいた人物だ。

 正直、余り関わりたくない男だ。

 何処となく虚ろな雰囲気を醸し出していが、その目は常に鋭く、蛇の様な印象を受ける。

 かつて、隠の前身となる諜報組織が王国御用達だった時代、そのメンバーの事を『蛇』と呼んでいたと聞く。

 あの男を見れば納得いく話だが、そこから名付けられた訳ではないらしい。

 ルインの家系は、私の家系と同じく元貴族だ。

 貴族にはそれぞれ家紋がある。

 ルインの家系の家紋が『蛇』だった事が、その名前の由来らしい。

 まさか、家紋にした蛇に似るなどとは、ルインの先祖も考えていなかったであろう。

 とにかく、実態の把握に努めなくてはならない。

 今まで問題なく進んでいた私の計画には、ここに来て明らかな向かい風が吹き始めていた。



「スゥと言ったかな?」


 私は少しスゥと2人きりで話がしたいと、以前から思っていた。

 フェイ様が拾った、暗殺者アサシン圃矮人ハーフリング

 どう考えても、ルインが育てた子だ。


「なぁに、パオ?」

「君は、ルインに育てられたのかい?」

「ルイン……?」

「君の言っているの名前だ」

「う~ん……」


 どうも名前は知らないらしい。

 ならば、ルインだと断定出来る特徴を聞き出すしかない。


「170cmくらいの身長の人間ヒューム。浅黒い肌に、黒い髪を短く切っていて、右の頬に瑕がある男だった?」

「うん、そんな感じ」

「どうしてそこから逃げられたんだい?」

「おじさんが逃げろって言った」

「おじさんが?」

「うん」


 有り得ない。

 隠は常に補充人員を大量に育成している。

 それだけ消耗が激しい事も請け負っているからだ。

 それなのに、何故スゥだけを逃がしたのか。

 隠に所属する種族は多種多様で、暗黒種族もいる。

 ある意味、種族間差別など皆無なのだ。

 どんな種族であろうと、等しく育てられ、能力が開花すれば優先的に任務へ割り当てられ、等しく散る。

 例外などない筈だ。

 それなのに、何故この子だけ……。


「パオは強いね!」

「え?」

「パオは凄く強い!おじさんより強いんじゃないの?」

「あぁ、それは……」


 そうだ、私はルインよりも強い。

 これは自惚れではなく、明白な事実だ。

 何故ならば……。


「私は、おじさんの弟弟子。師匠から最強の称号を貰ったのは私なんだ」


 そう、ルインは私の兄弟子になる。

 そして、最強の称号と共に受け継いだものがある。


「ねぇ、パオ」

「何だい?」

「ボク、もっと強くなりたい」

「え?」

「ガルを守れる様に。だから、ボクを鍛えてよ、パオ」


 私はこの申し出に激しく戸惑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る