第36話 古き戦友
「呼ばれると思っておったわ」
カウンター席に座るグローに、一般人に扮した上将軍が話し掛けた。
「だったらワシに呼ばれる前に、自ら訊ねて来い」
ここはグローと上将軍が密会する例の地下のバーだ。
グローがかつての部下である上将軍を呼び出したのは他でもない。
サリィンの中央勤務についての打診だ。
現状の説明をすれば理解を示してくれるだろうが、一応直接話しておきたかったのだ。
「儂も暇ではないのだ。今回とて、理由を付けるのに一苦労だったわ」
「ガハハ、良いではないか。たまには外に出んと、足に根が生えるぞい」
「馬鹿を言うな、儂がどれだけ動き回っとるか知らんのだろ」
「知っとるわい。お主も難儀よな」
「性に合わん仕事ばかりで肩が凝るわ。前線で剣を振るった方が楽だわい」
「そう言うな。お主でなくては軍も立ち行かんくなるわ」
「ほほぉ、褒められるとは思ってなかったわ」
「たまには褒めんとな、急に辞められても国が困るからの」
そう言ってお互いにガハハと笑った。
上将軍はグローの隣の席に座ると、注文もしていないのに例の赤い酒が出される。
それを一口飲んだ後、一呼吸置いた所でグローが話しだした。
「今回の件、中央が見て見ぬふりをしていたのはお主の指示だろ?」
「あぁ、下手に手を出せば収拾がつかなくなるからな」
「軍すら嫌厭する九龍会だからのぉ。下手に刺激して、事を構える事になってはまだ困るか」
「うぬ、例の土地に建設中の地下施設がある程度完成してからでないとな」
「しかし、王都への進攻など不可能だろうて」
「いや、それがそうでもない」
意外な答えに、流石のグローも目を見開く。
「どういう事だ?」
「西都物流商事は商業区へ入るための『王国指定業者証明書』を持っている。それさえあれば王都への出入りは自由だ。それに『入城手形』と違って、『王国指定業者証明書』は商業区へ入る人数から持ち込む物も調べない。つまり、商業区へ入った人数と出て行った人数が違っても誰も気付かん上に、反乱用の武器だって持ち込み放題だ」
「しかし、中枢区に入る事は出来んだろ」
「反乱を起こすつもりの輩が、わざわざ城門を通ろうとするか?」
「……、つまり、九龍会がその気になれば、商業区で武力蜂起し、そのまま攻城戦になると」
「更に、商業区内で攻城兵器を作っていたとしても、軍はそれを摘発できない。商業ギルドの力が強過ぎるのだ」
「ハハハ、目の前で自分達を攻める為の
「笑い事ではない。王国の殆どが平和ボケしておるのだ。強固な壁は南部だけ。他は西部を除いて、軟弱な砂の城だ」
「歴代の王が戦上手過ぎた弊害だのぉ。南部は常に魔王軍に脅かされていたが、その南部の防衛線が崩れる事がなかった故に、軍人以外の王国民は戦争が起きている実感がなく、平和に過ごせた。それが平和ボケの主たる原因だの」
「とはいえ、まずはそこは変えようとしていたが、どうにも商業ギルドが手強い」
「だから、軍の中枢機能を全て移転させる方法をとったのか」
「商業ギルドには西都物流商事の息が掛かっている者も多い。だからこそ『王国指定業者証明書』の仕様変更には反対するのだがな」
「難儀だのぉ……」
「全くだ」
グローがパイプを吹かす。
「で、そろそろ本題に入ったらどうだ?」
上将軍が空になったグラスを置くと、再び同じ酒が注がれた。
「そうだそうだ。既に話は聞いておろう。サリィンを中央勤務にして欲しいという話だ」
「一応聞いているが、これまた大胆な考え方をする。ガルの発案か?」
「その通り。使えそうなモノは全て使う主義だからの」
「ますます欲しくなる」
「本人にその気がないから無理だて」
「ハハハ、そうだったな。まぁ、サリィンを中央に寄せるのは可能だ。今回の件で、やはり西方司令部から苦情が出ている。サリィンを謹慎という形で王都へ異動させる代わりに、東方・南方にはしばらく西都物流商事に関わる全事案への干渉を禁止する」
「まぁ、仕方なかろう」
「しかし、本気で戦争をするつもりなのか?」
「ワシではない、ガルだ。因縁があるらしいからの」
「戦争を吹っ掛けるのは自由だが、民間人を巻き込むなとガルには伝えておいてくれ。多くを巻き込んで盛大に自滅するような男ではないだろうがな」
「むしろ逆だの。何でもかんでも独りで勝手に背負い込んで、勝手に消えて勝手に片を付けるタイプだ」
「違いない。不器用なんだな」
「と言うより、他人を頼る事に慣れておらんのだ。依頼を出す事は出来るが、見返りなしで人が何かをしてくれるとは信じておらん」
「そう言うのを不器用と言うのだ」
そう言って2人はガハハと笑った。
笑いながら、グローは胸を撫で下ろしていた。
正直、断られてもおかしくないと思っていたからだ。
今回の大規模作戦に我関せずを通した中央司令部。
それが、サリィンを異動させるとなると、傍観者から当事者へと変わるのだ。
西方司令部からやっかみが飛んできてもおかしくない。
まぁ、体のいい言い逃れが出来るのもあるだろうが、上将軍自身がガルやサリィンを気に入っている事の方が大きいとグローは思っている。
どちらにしろ、上将軍にはまだまだ迷惑を掛けそうな気がしてくるグローだった。
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