第35話 それぞれの苦悩

「少尉、私の方から王都中枢区への入城手形は申請を出しておきました。よろしいですね?」

「……あぁ」


 サリィンは相変わらず凹んだままだった。

 セリファは未だにガルに未練があるようだし、ガルはガルで我関せずで、それが余計にセリファの神経を逆撫でしている。

 正直、セリファを連れて中央勤務になるのは、サリィン個人としては願ったり叶ったりだ。

 しかし、セリファがそれを望まない限り、無理矢理連れて行く訳にもいかないし、何より自分が未だに恋愛対象外である事が悲し過ぎる。


「はぁ……」

「少尉、例え独りだったとしても、王都へ行くべきです。このままでは少尉の命がありません」

「それは分かっている……」

「とにかく、セリファさんを連れて行くかどうか関係なく、中央勤務の嘆願はすべきです」

「はぁ……」

「煮え切れないわね……」


 サリィンは振り返ると、私の顔を見て驚いた。


「エルウィン殿!?」

「コフィ、入城手形は申請からどれくらいで発行されるの?」

「事情にもよりますが、1週間程度ですかね」

「つまり、その1週間でセリファを口説き落とせばいいんじゃない?」

「簡単に言わないで下さいよ……。現に、まだ私はセリファさんの恋愛対象にもなっていないんですから……」


 そう言って、再び深い溜息を吐くサリィン。


「サリィン、結局貴方、セリファとは寝たの?」

「!?」


 私の一言にサリィンは身体をビクつかせ、コフィーヌは口元を抑えて顔を赤らめた。


「アンタ達、この手の話に耐性なさ過ぎでしょ……」

「私は仕事に戻りまーす……」


 コフィーヌはニヤニヤしながらその場を離れた。


「で?結局、どこまでやったの?」

「どこまでって……」

「はぁ……、性行為エッチはしたの?」

「……、はい……」

「え?マジで?」


 ちょっと意外だった。

 度が過ぎるくらいの奥手だと思っていたサリィンが、あの晩にセリファとそこまでヤッていたとは。


「えー!意外!『やっぱり良くないですよね』とか言って飛び出しちゃう意気地なしヘタレだと思ってた!」

「エルウィン殿、辛辣過ぎませんか……?」

「てか、ヤッたんだったら問題ないじゃない」

「はい?」

「女ってのはね、ある程度気がある相手じゃないと、身体を許したりしないわ。特に真面目なセリファはね」

「本当ですか……?」

「何?貴方、セリファの貞操観念を疑ってるの?」

「いえ、そんな意味では!」

「まぁいいわ。セリファとはじっくり話をしなさい。でないと、貴方が思いを寄せてるってだけで、あのも暗殺対象になるんだからね」


 かなり意地悪だがが、私はそう言い残して支部を出た。

 これくらい脅さないとサリィンは行動を起こさないだろう。

 私だって、セリファの身の安全が第一だ。

 後先考えずにこの街へ来た私を、快く自宅に招き入れてくれた。

 そんなセリファを裏切る様な事をしてしまったのだが、だから余計にセリファには幸せになって欲しいのだ。

 サリィンにも言った通り、セリファが暗殺対象になる可能性だってある。

 この街にいる限りは私が守るけど、私もずっと街にいる訳ではない。

 ここはサリィンに頑張ってもらわないと。



「……、話を通しておくか……」


 ボソリとグローが呟いた。


「何か言ったか?」

「いや、独り言だ、気にするな」

「そうか」


 俺達は参考人を収容している軍の旧兵舎の警備という名目で、暇を持て余していた。

 参考人の殆どは研究者で、その護衛をしていた用心棒の様なごろつきの一部が血気盛んだっただけで、暴力沙汰などはほとんどなく、平和そのものだ。

 まぁ、暴れたごろつきを俺やグローが大勢の前で半殺しボコボコにしたお陰で、逆らう奴はいない。

 むしろ、あのまま殺される所だったと、俺達に感謝する研究者もいるくらいだ。

 今は粗方の事は聞き終わり、サリィンが文官に調書をまとめさせているので、やる事はほぼ全て終了している。

 聞き出せた情報も真新しいものはなく、一部の兵士からは無駄だったのではないかとも言われているらしい。

 しかし、この作戦の主目的は、蒼狼ツァンランの人的資源への打撃だ。

 これだけの研究者を捕えたのは、それなりの打撃になっている筈。

 撤収作業をやっていた所を考えると、既に次の段階へ進んでいるのだろうが、それにも研究職の人手が必要だ。

 蒼狼の計画が多少なりと遅延すれば、ファンパオはその時間を有効に利用するだろう。

 とりあえず、現段階で俺に出来るのはこれくらいか。


「さて、この後はどうするかな……」

「考えておらんのか?」

「あぁ、この作戦に結構な時間を裂いちまったからな。とりあえずは、通常の賞金稼ぎバウンティハンターに戻るか」

「そうだの。サリィンの中央転勤を見届けてからだの」

「まだ中央に栄転出来ると決まった訳じゃねーだろ?」

「何、上将軍ならば許可するだろう。何より、今回の件で東方・南方には、西方から苦言が出るだろうからの。そうなるとしばらく軍は使えん。西方の言い分を聞かせる見返りに、サリィンを中央へという話に持って行けばよい。世間的には、中央での謹慎という扱いに出来るしの」

「なる程。頭を冷やさせる為に中央へか、話は通りそうだ」

「まぁ、それと引き換えに、軍は当分動けんがの」

「それは仕方ない。元々、当てにするべきじゃないんだ。国家権力が出てくると、必ずややこしくなるからな」

「巻き込んだ張本人が言う事ではないのぉ……」

「ハハハ、確かにな」

「あのぁ……」


 グローと話していると、ある部屋の中から話し掛けられた。


「なんだ?」


 話し掛けてきたのは、参考人の1人。

 どうも、捕まった研究者の様だ。


「この様な身分でお聞きするのもアレなんですが、私達は今後どうなるのでしょうか……?」


 申し訳なさそうに聞いてくる研究者。

 不安になるのも当然だろう。

 完全に犯罪者として扱われているのだ。

 自分がこの後どの様に罰せられるのか、気にならない筈がない。


「お主等は犯罪に加担した訳だしの。それなりの実刑を受ける事になるだろ」

「実刑……」

「ところで聞くが、アンタは西都物流商事に雇われたんだよな?」

「はい。西都物流商事の人が、大学の研究室を訪れて、『ウチで働かないか』って言われて。給料もよかったので、行ってみたらを……」

「……、九龍会って聞いた事あるか?」

「え?あぁ、西のヤクザですね、私は西の生まれなので知っています。九龍会が何か?」

「グロー」

「うむ……」


 この話しぶりからして、西都物流商事と九龍会の関りは全く知らない様だ。

 他の研究者達も同じかもしれない。

 ただ、護衛らしきごろつきは話が別だ。

 コイツ等は明らかに九龍会の下っ端。

 そう考えると、研究者達に限っては多少なりと情状酌量が見込まれるかもしれん。


「まぁ、アンタ等が極刑になる事はないだろ」

「また研究職に戻れるんでしょうか……。研究しかしてこなかったんです、今更他の職に就くなんて……」

「うむ……」


 何だか可哀相に思えてきた。

 コイツ等の処遇についても、上将軍に掛け合ってみるのもアリかなと、俺は思った。

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