第34話 繋がりと欠陥

「ちょっと待って下さい!どういう事ですか!?」


 早速俺は支部のサリィンに中央勤務の打診に行った。

 まぁ、俺が決める事じゃないから、本当にそうなるとは限らないが、本人の同意なしに進める話でもない。


「だから、上将軍閣下に頼んで、お前を中央勤務にしてもらうんだよ。その方が安全だし、ここにいても護衛を雇う余裕もないだろ?」

「それはそうですけど……」


 何とも歯切れの悪いサリィン。

 中央勤務は軍人にとって1つの夢ではないか。

 中央司令部所属になれば、その他の方面司令部勤務よりも給料はいいし、与えられる権限も多くなる。

 喜ぶ事はあっても、渋る要素など皆無の筈だ。


「何だよ、サリィン。中央勤務だぞ?何が不満なんだよ?」

「いえ、不満という訳ではないんですが……」

「じゃあ何なんだ?こんな田舎にいるより、中央の方が豊かだし、女も多い」

「いや、その……」


 グローが俺の肩を叩く。


「何だよ、グロー?」

「お主、本気で分からんのか……?」

「はぁ?」


 何の話だ?


「いや、気付いとらんのは本当にお主だけの様だの……」


 そう言って周りを見る。

 エルウィンもスゥもパオも、何か言いたげに頷いた。

 は?

 どういう事だ?


「だからの?サリィンにはこの街に女がおるんだ。だから、離れられんのだ」

「は?女?だったらソイツも一緒に中央に行けばいいじゃねーか。つかこの際だ、結婚して、中央で新婚生活楽しめばいい!我ながら名案!」


 俺がそう言うと、全員がほぼ同時に溜息を吐いた。


「何だよ?」

「お主は救い様がないのぉ……」

「だから、どういう事だよ!」



「申し訳ありません、ガル殿……」


 恐縮しながら、サリィンが平謝りしている。

 まぁ、確かに驚いた。

 まさかサリィンとセリファが付き合っているとは。


「べっ別に、私はまだ返事してないから付き合ってるとかじゃないからね!?」


 そう言って、セリファはエールがなみなみと注がれた樽ジョッキを乱暴に置く。


「何だよ、付き合ってないのか?」


 その言葉にセリファは怒った顔を見せて厨房へ戻っていった。


「そりゃないわな……」


 グローがエールを飲みながらボソリと呟く。


「どういう事だ?」

「ガル……、アンタって何処まで木偶の坊ポンコツなのよ……」

「ガルはバカ」

「言ってはいけないとは思いますが、ガル殿は最低ですね……」


 寄ってたかって散々な言われようだ。


「セリファ殿はガル殿の事をまだ好きなんですよ……」


 初耳だ。

 セリファが俺の事を好きだと?


「ホント、よくガルを殴らなかったわね、サリィン。偉いわ」

「サリィンとセリファの両方から殴られてもおかしくないからのぉ」

「ガルはバカ」

「待て待て。憶測で話を進めるな」

「憶測じゃないわ、事実よ。私だって、セリファから殴られてもおかしくないんだし……」

「略奪愛か、ガハハ!」

「うっさい鉱矮人ドワーフ!」

「は?愛だぁ!?」

「……、コイツ殴るわ」

「落ち着いて下さい、エルウィン殿!」

「ガル殿、ホントにあり得ませんよ」


 いつの間にかコフィーヌまでテーブルについている。


「なんでコフィーヌまでいるんだよ!」

「ガル殿の修羅場と聞き、駆け付けました。ガル殿に胸を揉まれた私も、事の顛末を見る権利があるかと」

「はぁ!?アンタ、コフィーヌにまで手ぇ出したの!?信じらんない!!」

「ちょっと待て、誤解だ!」

「いやー、ありゃ完全に揉んでおったな」

「グローは黙ってろ!」

「ボクもガルの事好きだよー!」

「スゥ、話をややこしくするな!」

「ガル殿、セリファ殿かエルウィン殿、どちらを取るんですか!?」

「サリィン、お前酒飲んだな!?」

「うるさい!どっちか決めなさい!」

「サリィン、事実上エルウィン一択だろうて。セリファはお主は幸せにしてやれ」

「ありがとうございます、グロー殿!」

「ちょっと、本人抜きで話を進めないで!」

「セリファは仕事しろ!」

「ガルに発言権はないわ!だいたい、アンタが女にだらしないからこうなるんでしょ!?」

「そうよ!ハッキリしなさいよ、ガル!」

「エルウィン、私まだ許したつもりじゃないから」

「……、はい、すいません……」

「コフィ、酒は要らんのか?」

「ありがとうございます、グロー殿。しかし、私は全く飲めないので」

「コフィ、これあげる」

「ジュース?ありがとう、スゥ」

「はぁ……」


 なんだこの賑やかさは……。

 頭が痛くなってきた……。

 俺はフラフラと立ち上がり、店の外に出る。


「あ!ガル!逃げるな!」

「セリファ、追うでない」

「でも、しっかり話をつけないと、グロー」

「ガルにもう少し時間をやれないか、お前等」


 大将が料理皿をテーブルに並べながら言った。


「大将の言う通りだわい。ガルは今まで好きだの何だのという恋愛などとは無縁の世界で生きてきたのだ。愛だの何だのといきなり言われても理解も出来んし、それを受け入れる余裕もまだない」


 グローの言葉に、全員が押し黙った。


「ガルが育った環境を理解してやってくれ。生と死しかなく、女を抱く事しか知らないまま、あんな歳にまでなっちまった」

「よく笑う様にもなっとるし、人並みの感情がかなり戻ってきたが、愛情だのは、未だにガルの心に入る余地がないのだ」

「確かに、女たらしの最低野郎にしか見えないだろうが、そういう風な扱い方しか教えられなかったんだ。もう少し時間が必要なんだよ、アイツには」


 静かになった一同。

 ふとスゥの姿がない事にエルウィンが気付いた。

 紙巻煙草を吸いながら、俺はあてもなく街を歩いていた。

 愛?

 そんなもんは分からん。

 いくつかの感情に関しては、未だに理解が出来ないのだ。


「やっぱ、俺って欠陥品だな……」


 ポツリと呟く。

 九龍会の頃は、そんな事を考える事もなかった。

 しかし、堅気カタギの世界で生きていると、いつもそれが俺の目の前に横たわる。

 まぁ、そんな事も気にする必要もなく過ごせたのは、グローと2人だけでやっていたからだろう。

 仲間が増え、関わる人達が増える程、やはり自分が世の中から乖離した存在だと気付かされる。


「はぁ……」


 気が付けば街の城門だった。

 そうか、俺は逃げようとしているのか。

 久々に自分がだと気付かされた。

 最近になって関わる人間が増え、色々とと思っていたが、案外そうでもないらしい。

 やはり、独りの方が気楽なんじゃないか。

 そう思っていると、急に袖を引かれた。


「ガル……」


 スゥが寂しそうな顔で俺を見上げていた。


「スゥ……」

「帰ろ?ガル」

「……」

「ボクはガルの事好きだよ?だから、帰ろ?」


 スゥには俺が考えてる事が分かるらしい。

 まぁ、似たような境遇なのだ、そうだろう。

 そんなスゥが、俺を心配してくれている。

 一緒にいたいと思ってくれている。


「ボクだけじゃないよ?みんな、ガルの事好きだよ?だから、帰ろ?」

「……、そうだな、帰るか。スゥは優しいんだな」

「だって、ガルの事大好きだから!」


 そう言って、スゥは笑って見せた。

 その笑顔に救われた気がした。

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