第32話 死の暴虐

「サリィン、いいか?」


 夜も更けた頃、俺は軍の支部に顔を出した。

 今回の件でサリィンやコフィーヌは連日遅くまで仕事に追われていた。


「ガル殿、どうされました?」


 驚いた様に、少し身体をビクつかせながら、サリィンが振り返る。


「お前にも暗殺命令が出てるからな。俺とグローも帰って来たことだし、気休めにしかならんが、万が一の為に護衛として日代わりで1人付く事にした」

「そこまで気を遣って頂かずとも……」

「リオリート大尉は武人の様だからな、何とかなるかもしれんが、お前はちと不安だ」

「確かに、私は強くありませんが……」

「念の為に、食事の時は銀食器を使え。これ、ピュートから借りてきた奴だ」


 そう言って俺は、ナプキンに包まれた銀製のカトラリーを出す。


「そこまでやる必要があるんでしょうか……?」

「お前は既に名前が割れてる。蒼狼ツァンランが生きている間はそれを使え」

「……、分かりました」

「飲み物にもを付けろよ?特に酒」


 酒という単語で、再びサリィンがビクつく。

 何なんだ?


「酒は……、当分飲むつもりはありません……」

「そうか。ならいいが、基本的にお茶にしろ。それと、解毒薬アンチドーテは持ち歩け、いいな?」

「はい……」

「コフィーヌはいるか?」

「はい、奥にいます」

「コフィーヌも注意させておかないとな」


 そう言って、俺はズカズカと奥へ向かう。


「コフィーヌ!いるかー?」

「はーい!今行きます!」


 裏手の方からコフィーヌがやって来た。


「お前にも銀製のカトラリーを渡しとく。サリィンの一番近くにいるお前も狙われる可能性があるからな」

「ありがとうございます」


 コフィーヌにカトラリーを渡した時だ。

 異様な気配を感じた。

 俺は本能的にサリィンの元へ走る。

 コフィーヌも腰の突剣レイピアに手を掛けながらそれに続く。


「サリィン!」


 事務所内でサリィンが影と揉み合っていた。


「くそ!」


 俺は抜刀し、影を突く。

 影はサリィンから離れたが、ジリジリとこちらを睨んで来る。


「ガル殿……!」


 コフィーヌに言われ事務所の玄関に目をやると、そこから数人の影が侵入してきていた。

 室内に侵入したのは既に10人近く。

 恐らく、支部も取り囲まれている筈。

 かなり分が悪い。


「とにかく、死なない事だけを考えろ!いいな!」


 俺はデスクを乗り越えて、近くの影を突く。

 影達は一定の距離を保つように動き回り、小剣ナイフを投げてくる。


「小剣は全部避けるなり物で防げ!かすりでもしたら死ぬぞ!」


 コフィーヌとサリィンはあえて動き回らず、小剣を防ぐ事に集中している。

 俺は2人を狙う影を片っ端から追い回すが、狭い室内を巧みに飛び回る影達を捕えられない。


「クソ!」


 これではジリ貧だ。

 サリィン達の方を振り返る。

 俺から一番遠い影が大きく跳躍した。

 ヤバい。

 俺は机の上を走り、サリィンに向かって飛び込んだ影に刀を突きたてながら体当たりした。

 影の死体を下敷きにしながら床に落下する。

 ダメだ。

 切り返しが間に合わない。

 今度は2つの影が同時に跳躍した。

 咄嗟に踏みつけている影の死体から投げ小剣を奪う。

 2つの影は既に下降を開始している。

 間に合わない。

 その時、空中の2つの影が真横に吹き飛んだ。


「みんな無事!?」


 玄関に弓を構えたエルウィンが立っていた。

 影達の動きが一瞬止まる。

 すると、突然1カ所の窓が砕け散り、その近くにいた影が消えた。


暗殺者アサシンの癖に、背後が疎かとはのぉ」


 外からグローの声がした。

 肉を裂く音の後、グローがよっこらせと窓から入って来る。


「派手にやっとるようだの」

「お前等……」

「スゥが突然ここに向かった走り出したから、まさかと思ってね」

「肝心のスゥがいないぞ?」

「外に隠れとる連中をっとる」

「なる程、助かったぜ……」


 俺は体勢を整えて、再び影達に向き合った。


「これで、形勢逆転だ。生きて返さねーぞ、お前等」

「貴様等に渡す物がある」


 そう言って、その影は何かを俺の方へ投げた。

 左手で受け止め、それに目を落とす。

 それは不銹鋼ステンレス製の認識票ドッグタグだった。

 しかも、ギルドの物ではない。

 王国の紋章が入った軍用の物。

 しかも、そのに刻印された名前はリオリートだった。


「大尉が……」

「目的の1つは完了している。今日はここまでだ、また来る」


 影はそう言って消えていった。

 サリィンとコフィーヌは緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んだ。

 俺は影から渡された認識票をサリィンに手渡す。


「これ……!大尉が!?」

「乾いた血痕も残ってる。恐らく、大尉は……」

「そんな……」


 まさか、リオリートがやられるとは思っていなかった。

 俺は忌々しく舌打ちをした。




『東方・南方司令部共同・該当地域強制調査』————Quest Accomplished

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る